川の光日記

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瞼の姉

IMG_3561.jpg


瞼の姉
──長谷川伸ふうラジオドラマ(一幕)

作:タミー
代筆:タミーのおとうさん

登場動物
のの 姉ねこ
トン 弟ねこ1
フー 弟ねこ2
タミー(作者特別出演) ゴールデンレトリーバー

(ヒュー、ヒュルルル……という風の音、強くなったり弱くなったりしているうちに、
だんだん静まっていき、ののの最初のセリフが終わったあたりで完全に無音になる)

トン うう、うう……ねえちゃん、ねえちゃーん……。(ト、すすり泣く)
のの トン……フー……まあ、大きくなったねえ。こんなに立派なねこになって。(ト、目がしらを前足でぬぐう)
トン ねえちゃんだって……。(ぐっと涙を呑みこみ、ちょっとからかうように)しばらく見ないうちに、
すっかり、女っぷりが上がったじゃないか。
のの まあ、いやな子だよ、なまいき言ってるよ。(ト、泣き笑いの声になって)でもねえ……
あんな右も左もわからない赤ちゃんだったあんたが、そんななまいきを言えるようになったんだねえ。
(ト、ふたたび目がしらを前足でぬぐう)
トン ふふん、おれァ、もうおとなだい。一人前の男ねこだい!(ト、肩をそびやかす)
のの ばかだねえ……おとなは、じぶんじゃそんなこと言わないんだよ。
それに、おとなの男が、そんなにぼろぼろ泣くかい。
トン だって、だって、おれァ、毎日毎日、ねえちゃんに会いたくって、会いたくってなあ……。
(ト、号泣する。のの、黙って、トンの目からあふれる涙をなめとってやる。
トンの泣き声に、のののピチャピチャなめる舌音が混じる。やがて、トン、気を取り直し、ぐすぐすと洟をすすりつつ)
トン あの日、いきなりねえちゃんがいなくなっちゃって……
あれ以来、おれァ、毎日毎日、心細くってなあ。にいちゃんは相変わらずこんなで、ぜんぜん頼りにならねえし……。
フー ウッキー、ウッキッキッ、キー!(ト、仰向けになってごろんごろん転がりながら叫ぶ)
のの フーは相変わらずだねえ。でも、あたまのほうも、ちったあ、具合が良くなってきたようじゃないか。
トン どうかなあ。おとうさんなんか、フーのことを、「猿鳴き凶暴にゃんこ」とか
「屁こきの猫目小僧」とか、言ってるし……。
のの まあっ!(ちょっと腹を立てて)ずいぶんひどいことを言うじゃないの。
トン ほかにももっといろいろ言うよ、「フシギねこなんて言うと可愛く聞こえるが、
こいつはむしろデビルだな」とか、「毛をかき分けるとどこかに小さく666と書いてあるんじゃないか」とか。
のの おや、まあ……
トン くだらないことも言ってるよ、「ドラマの『ハンニバル』のねこ版を制作するなら、
マッツ・ミケルセンが演じたレクター博士の役は、ぜひフーにやらせたいねえ。
役名はさしずめ、ネクター博士かなあ」とか。
のの ふふっ……(ト、つい吹き出してしまいながら)口は悪いけど、
おとうさんは根はやさしい人なんだよ。ほんとうはフーのことも、とっても可愛がってるんだよ。
トン わかってらい、そんなこと。でも、どう言われようが、何にもわからず、
ゴロゴロ嬉しそうにのどを鳴らしてるにいちゃんが、おれァ、不憫でなあ。
フー キエッ、キエッ、キエーイ!(ト叫びつつ、あたりを転がり回る)
のの でもとにかく、よかった、よかった。ふたりとも元気そうで。
で、どうなんだい、おとうさんとおかあさんは? おふたかたとも、お達者かえ?
トン 達者だよ。いま、ふたりでタミーさんを連れて、公園に散歩に行ってるよ。
のの タミーさんもお達者かえ?
トン ずいぶんと達者だよ。おれらにとってもやさしくしてくれるんだよ。
のの そうかい。ありがたいねえ……。
トン で、ねえちゃんは……?
のの うん、奉公先の人たちはみんな好い人ばかりでねえ。
特注の高級ねこ缶を食べさせてくれるし、毎日、ねこおもちゃで長いこと遊んでくれるしねえ……。
トン そうか……。
のの それはそれは、親切にしてくれてねえ。あたし、お裁縫を習いに行かせてもらってるんだよ。
万が一じぶんたちに何かあっても、お針子ねことしてひとりで生きていけるようにって、そう言ってくれてねえ。
それで、毎日、忙しくって、忙しくって……。
トン ふうん……(少しふて腐れた声で)そんなに忙しくっちゃあ、
おれらのことなんか、すっかり忘れちまってたんだろ、へーんだ。
のの ばか、ぶつよ、そんな悪たれをつくと。(ト、腹を立てて、トンの頭を前足でぽいんとはたく)
あんたたちが忘れられないから、こうやって、こっそり家を出て、西武新宿線に乗って、
このうちまで戻ってきたんじゃないか。
トン うん、そうだな……(小声で)ごめんな、ねえちゃん……。
のの あたしは、一生懸命、明るくふるまうようにしてるんだよ。
そんなに良くしてくれている人たちに、淋しがってる様子なんか見せたら、ばちが当たるだろ。
でもねえ……昼間はお裁縫の勉強やねこおもちゃで気がまぎれていても、夜になるとあんたたちの顔が、
暗闇のなかにまざまざと浮かんできてねえ。それから大好きだったおとうさんの顔も……
それっきり……眠れなくなっちまって……(ト、涙ぐむ)
トン おとうさんたち、そろそろ戻ってくるよ。
のの あ、いけない、いけない。その前に帰らないと……。
トン みんなに会っていけよ。おとうさん、喜ぶよ。泣いちゃうかもしれないぜ。
のの あたしだって泣いちゃうよ。きっと、わんわん、わんわん、泣いちゃうよ。
ああ、そりゃあ、大好きなおとうさんの顔をひと目、見たいさ。ほんのひと目でも、見たくて見たくて、たまらないさ。
でも、そうしたらもう、帰る気になんか、なれなくなっちゃうかもしれない。それじゃあ、まずいだろ。
トン まずくなんかないさ。もうここにずっといろよ。またきょうだい三匹でいっしょに暮らそうよ。
のの できない、できないよ。それはできないことなんだ。どうか、わかっておくれ。
あたしはもう、よその家のねこなんだ……ウウウッ……(ト、泣きくずれる)
トン ねえちゃん、ねえちゃーん……ワアッ……(ト、大声で泣きだす。しばらく二匹の泣き声が続く。
ときおり、「ウッキッキーッ」「キエッ、キエッ」などというフーの叫びが挟まる。泣き声と叫び、だんだん静まって、
徐々にゴロゴロ鳴きへと変わってゆく。フーのゴロゴロ声、ひときわ大きく響く)
のの (涙のかたまりをぐっと呑みこんで)……さ、あたしはもう行かなくちゃ。
奉公先のうちの人たちも心配してるだろうからね。
トン ねえちゃん、ほんのちっとの間だったけど、ねえちゃんに会えて、おれァ、嬉しかったよ。
のの あたしもさ。
フー ウッキッキーッ! キエッ、キエッ!
トン にいちゃんも嬉しかったってさ。
のの どうだかねえ、この子の言ってることはよくわからないからねえ。(ト言いながら、くすっと笑う)
また来るからね。西武新宿線にはかんたんに乗れることがわかったし。
発車ベルのタイミングを見計らうのがコツなんだよ。
テレビでやってた『耳をすませば』っていうアニメが参考になってねえ……。
まあ、そんなことはどうでもいい。ねえ、トン、にいちゃんの面倒をちゃんと見てやるんだよ。
トン うん、わかった。なあ、ねえちゃん、達者でな。
のの また手紙を書くからね。ねこ郵便で送るから。
トン うん、おれも書くよ。
のの あんたも淋しいだろうが、頑張るんだよ。おとうさんたちを心配させないように、
脳天気なお気楽ねこのふりをしつづけな。あたしもそうするからね。よっぽど悲しくなったら、
ぎゅっと目をつむってみるんだ。すると、瞼のうらに、ちゃあんと、ねえちゃんの顔が浮かびあがってくるからね。
さ、これ以上あんたたちの可愛い顔を見ていると、もう帰れなくなっちまう。(遠くで犬の吠える声)あ、あれは……?
トン あっ、タミーさんの声だ。みんなが帰ってきたんだ。
のの じゃ、あたしはもう行くよ。(早口で)裏口からこっそり出ていくからね。
トン、フー、離れていても、いつもあんたたちのことを考えてるよ。(声がだんだん遠ざかってゆく。
風の音、静かにはじまって、だんだん強くなってゆく)あたしの大事な弟たち……どうか達者で……また来るからね……。
トン (涙声の絶叫で)ねえちゃん、ねえちゃーん……。
フー キエッ、キエッ、キエーイ!(風の音、ゆっくりとフェイドアウトしていき、無音になる)
(おわり)

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  1. 2014/12/24(水) 09:35:02|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

福来たる

先生、じゃなかった、タミーちゃん、これ可笑しすぎます!笑い過ぎてお腹が痛いです(今、涙目になってます)。
いやあ、参りました。
猫ちゃんたちが「わんわん」泣いたり、「西武新宿線」が妙にリアルだったり(ドアの閉まるタイミングのアニメ研究も可笑しかった)、そこに、フーちゃんの猟奇的な泣き声が絶妙なタイミングで挿入されたりして、完全にツボにはまりました。
あー・・・(←涙をぬぐっている)、これだけ笑えば、絶対よい年が来るでしょう!
それにしても、長らくファンだったのに不覚でした。どうやら私は勘違いしていたようです。
松浦寿輝先生と言えば、大人のしっとりとした恋愛物やあわいの世界だと。
喜劇脚本(歌舞伎にしてもいいですね)がこんなにお得意だったとは、知りませんでした(ただ、私の中の先生のイメージが・・・(笑))。
本当に面白かったです。続きを、ぜひともよろしくお願いします(姉弟の行く末が気になって眠れなくなりそうです)。
  1. 2014/12/24(水) 12:59:51 |
  2. URL |
  3. あき #XcHMMwdw
  4. [ 編集 ]

感動! お初にお目にかかります。

初期の詩集の頃からの読者です。素敵なクリスマスプレゼントです、母と我が家の忠犬に読んで聞かせました。こういったブログの文章は、将来(きっと)出版される「松浦寿輝著作集」ではどのような位置を与えられるのでしょう。楽しみです。
  1. 2014/12/24(水) 21:20:15 |
  2. URL |
  3. Q太郎 #iZAP7GsQ
  4. [ 編集 ]

ののちゃんの声、やりたいです!

フーくんは、猿の鳴き声が得意なのかな?
ていうか、まともに会話してるのは、
ののちゃんと、トンくんだけですよね??
フーくんの場面になると、猿の声だけ・・・
ウッキッキー、キェッキェッに、爆笑です!
本当に、そんなふうに鳴くんですか?

  1. 2014/12/26(金) 22:56:47 |
  2. URL |
  3. くみたん #fwkSvwQ6
  4. [ 編集 ]

タミーちゃん。トンちゃん。フーちゃん。みんな元気にしていてね。お母さんのお手伝いしてあげるいいこはだれ?
  1. 2015/01/01(木) 10:05:41 |
  2. URL |
  3. クーフーリン #-
  4. [ 編集 ]

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