川の光日記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

霧の中の風景



湿気の多い軽井沢の名物、それは霧。
今朝も起きたら外は一面の霧で覆われていた。

IMG_1673b.jpg

歩いても歩いても、我が暮らし楽にならず…。
(夫の猫背はいつものことだが、右足を引きずっているのは、
もう10年以上酷使しているトレッキングシューズがついに崩壊して、
ソールが完全に剥がれてしまったのが原因)

IMG_1662b.jpg

霧の中の紅葉もなかなか乙なもの。
アントニオーニの『赤い砂漠』を思わせる幻想的な風景が広がる。

IMG_1670b.jpg

ちなみに私はいま、11月頭まで公募中の「星のや紅葉フォトコンテスト」に写真を送って
村民食堂の5000円食事券をゲットできないかと密かに目論んでいるため、紅葉を撮りまくっている
(目標が現実的なのが少し哀しい…)。

今日は夜にお客があるので、わたしたちの生命線であるスーパー、ツルヤに買い出しに出かける。
カートを押して店内をぐるぐる周りながら、ふとスティーブン・キングの中編「霧」を思い出す。
アメリカの田舎町で、突然発生した霧とそこから出現する異形の生命体によって、
スーパーに閉じ込められてしまう人々の物語だ。

似たような事態がツルヤにいるときに起きたら、とふと空想してみる。
ビル・ゲイツの別荘と噂されていたが、その実態は恐るべき生物兵器研究所だった、軽井沢千ヶ滝西区の巨大建築物。
そこから原因不明の霧と、サルとイノシシとトンボとスズメバチが合体した謎の怪物が発生。
出口なしの極限状況のなか、裕福な別荘族、地元の商店主や専業主婦、たまたま訪れていた観光客、
最近このあたりに越してきた売れない純文学作家とその妻など、
ツルヤから出られなくなった買い物客たちは次第に仲間割れを始め、
一個の「ツルヤ特製野沢菜入りおやき」をめぐって、血で血を洗う抗争が繰り広げられる…。

う~ん、あんまりそういう事態には遭遇したくないかも…。

ところで、スティーヴン・キングで思い出したのだが、以前ちらっとご紹介した『エドガー・ソーテル物語』を、
ここをよく見てくださっている何人かの方が読んで気に入ってくれた様子。
いろいろあって長らく書けずにいたけれど、近いうちに“秘密の読書会”の主宰者?として
感想文をまとめてみようと思う。



スポンサーサイト
  1. 2013/10/30(水) 21:41:41|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

紅葉はじまる



千ヶ滝の家に帰ってきたら、いきなり紅葉が始まっていて驚いた。
庭に植えたばかりの白樺の葉がほとんど落ちてしまっていたのはちょっと悲しかったが
(来春に備えて、もともと枝葉をかなり整理していたのも一因と思われる)
ブナや栗は黄金色に、イロハモミジやナナカマドやニシキギはオレンジや赤に染まり、なんともゴージャスな眺め。

IMG_1604b.jpg

いつもの散歩ルートの木々も色づきはじめている。
ハナちゃんにもこの景色を見せてやりたかった。

IMG_1622b.jpg

軽井沢に戻って大喜びしているタミー。
コメント欄でご指摘があったように、転地療養できたのも病気にはとてもよかったと思う。

それにしても寒い。もうダウンを着てもいいくらいだ。
そろそろ水道の凍結対策をしなければならない。
地元の人によると、紅葉は一週間くらいであっという間に終わり、すぐに冬が到来するらしい。

月見草を指さして「あの黄色い花はアレチノギクだよね?ね?ね?」と主張する夫を見て
こういう植物の認識能力を欠いた人間は山で遭難したら生き延びられないかもしれん…と心配になりつつ
もうすぐやってくる高地の本格的な寒さの予感におののく私であった。

追記:『川の光2』の刊行イベントは、おそらく東京では行われると思いますが、地方は未定。
東京以外にも遠征できたら楽しいのですが…
いろいろ決まり次第、順次告知させていただきます。



  1. 2013/10/27(日) 23:09:21|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:12

タミーの鼻腔腫瘍/経過まとめ

IMG_1500b.jpg

このブログを始めたときは、楽しいことだけ書くつもりだった。
1年半後にタミーがガンになり、2年後にハナちゃんが死んでしまうなんて、まったく考えてもみなかった。
でも、今年の3月にタミーの病気が発覚してからは、ブログを書き続け、記事に反応をいただくことが、
どれだけ支えになったことか。
皆様の励ましがなかったら、わたしたちは本物のうつ病になってしまっていたかもしれない。

皆様、本当にありがとうございました。

愛犬が鼻腔腫瘍になり、情報を求めてここにたどりついて読んでくださっている方がいることも知った。
私も今年の春、必死になってネットで深夜まで「鼻腔腫瘍」を検索していたのを思い出す…。

そこで、ここで一度、タミーの病気の経過と、この半年の経験で学んだあれこれをまとめてみることにした。
私が恩返しできるのはこれくらい。少しでも参考にしてもらえれば。
(犬飼いでない皆様には申し訳ありません。長文なので、どうぞ読み飛ばしてください)

●経過

3月13日 タミー、鼻から出血。

3月14日 近所のかかりつけの動物病院へ。大学病院での検査を勧められ、その場で予約を入れてもらう。

3月21日 武蔵境の日本獣医生命科学大学付属動物医療センターでMRIとCT検査。
     鼻腔腫瘍と診断される。左鼻腔の上部に3~4cmほどの腫瘍。骨浸潤はなし。
     脳と眼球に隣接する場所なので手術は不可能。
     余命一年、延命には放射線治療しかないと告げられる。
     
3月下旬 MRI画像を持参して、東京大学農学部獣医外科と、
     自宅付近で評判のいい中規模の動物病院2か所に、セカンドオピニオンを聞きにいく。
     対応してくだっさった3人の先生は全員「放射線治療がベストの選択」との意見。

3月25日 日本獣医生命科学大学付属動物医療センターから、腫瘍の生検の結果を知らせる電話あり。
     「扁平上皮癌」との診断。
     「放射線治療をするなら、明後日から予約が取れます」と言われ、即決で予約をお願いする。

3月27日 第1回放射線治療。
    「メガボルテージ」と呼ばれる強力な放射線を、以後、週一回ずつ、4回にわたって当てる計画。

3月30日 日本獣医生命科学大学付属動物医療センターで治験している丸山ワクチンを試してみることを決意。
     この日から注射を始める。

4月3日 第2回放射線治療。

4月10日 第3回放射線治療。

4月17日 第4回放射線治療。同時にMRI検査。結果は良好で、腫瘍は一部を残してほとんど消えていた。

6月18日 2ヶ月後のMRI検査。4月17日の画像よりさらに腫瘍は縮小。
     ただし、まだ白い影が何か所かに残っていて、完治はしていないという診断。

10月22日 6ヶ月後のMRI検査。腫瘍の再燃は見られず、半年後検査としてはきわめて良好な結果。

(その時々の具体的な状況については、上の日付の「日記」により詳しい記事あり)

次の検査はまた6ヶ月後、2014年4月下旬。
人間のガンでいえば5年後健診にあたり、これをクリアできればひとまず安心らしい。
     
●この間、学んだこと感じたこと

★初期の兆候を見逃すべからず。

人間はくしゃみや鼻づまりには慣れているから、犬の鼻のトラブルもつい甘く見がちだ。
花粉症の私も御多分にもれず、タミーの鼻の不調にあまり注意していなかった。
注意深く観察していれば、鼻血を出す前に気がついていたはずなのに。

参考までに、以下の写真を見比べてほしい。

P1020957b.jpg
2012年5月撮影。

P1050139b.jpg
2013年1月撮影。

2枚の写真の違いがお分かりだろうか。鼻に注目していただきたい。
上の写真のタミーの鼻は、すみずみまで黒々と濡れている。
ところが下の写真では、左側だけ三角形に乾いている。
毎日のようにタミーの写真を撮っていながら、私はずっとこの変化に気がつかずにいた。
今年に入ってからはいびきがひどく、くしゃみをよくしていたのだが、そうした症状も無視してしまっていた。

犬のくしゃみ、鼻水、鼻づまり、いびき、鼻血、そして鼻の乾きは要注意!
とくに、片側だけ部分的に乾いているのは危険信号だ。

★早期発見がなにより重要。

こうして振り返ってみると、タミーがここまで回復できた大きな要因のひとつは、
かかりつけの動物病院の先生が「鼻血は危険な症状。とくにこの犬種はガンになりやすい。
すぐ検査をするべき」と、的確にアドバイスをしてくれたからだとわかる。
抗生物質や消炎剤を処方して「様子を見ましょう」と診断するような事なかれ主義の先生だったら、
そのまま漫然と何か月も経過していた可能性がある。
MRI検査は全身麻酔が必要だし、決断が難しいけれど、
もし愛犬がまだそれほど高齢でなくて、鼻腔腫瘍になりやすい鼻(マズル)の長い大型の犬種の場合は、
鼻血を出したら、即、検査をしたほうがいいと思う。

★放射線治療は有効。獣医学はすごい勢いで進歩している。

犬の年齢や腫瘍の進行具合によって状況はまったく違ってくると思う。
私も結果が出るまでは半信半疑だったし、麻酔の影響や副作用がものすごく心配だった。
でも、鼻腔腫瘍に放射線治療は効く。とにかくタミーには有効だった。
当てた場所の毛は一時大量に抜けてしまい、左目がドライアイになって、一日5回の点眼をしても
ちょっとつらそうだったけれど、脱毛した箇所は半年後、ほぼ元通りになった。左目の乾きも改善されている。

★丸山ワクチンは、試してみる価値がある。

3月末から現在まで、私は一日おきにタミーに丸山ワクチンを注射し続けている。
最初はアンプルで指を切って大出血したり、注射するのがこわくて震えたりしたが、
いまでは皮下注射のエキスパートで、まったくストレスを感じないし、タミーも嫌がらない。
タミーの回復にワクチンがどこまで寄与しているかは、正直よくわからないけれど、
私は尊敬する中井久夫先生が有効性を認めていることもあり、ある程度の効果はあったと考えている。
ガンを抑えこむだけでなく、放射線の副作用の緩和にかなり力を発揮したのではないだろうか。
丸山ワクチンは40日分で9450円。
地元に治験協力医を見つけて定期的に経過報告書を送れば、全国どこでも郵送してくれる。
問い合わせは日本獣医生命科学大学付属動物医療センターまで。
http://www.nvlu.ac.jp/universityinstitution/amedical/index.html/

★食事でがん対策。

食事の内容を見直したのも、回復の助けになったと思う。
このテーマに関しては山ほど本を読み漁ったが、なかでも一番参考になったのは
愛犬のためのがんが逃げていく食事と生活』(須崎恭彦著・講談社刊)。
情報収集に邁進し自分でもいろいろ試してみた結果、いまタミーの食事はこんな感じになっている。

①水分が多くて温かい、できるだけおいしそうな食事にする。
②なるべく旬の食材を使い、変化をもたせて、いろんなものを少しずつ食べさせる。
よく使う食材は、鶏のささみ、鶏レバー、砂肝、生タラ、生鮭、サバ、たまに赤身の肉、
ブロッコリ、キャベツ、オクラ、しょうが、にんじん、かぼちゃ、さつまいも、トマト、大根、山芋、
(野菜はゆがいて細かくするか、生の場合はすりおろす)雑穀、ごま、納豆、小魚など。
100%手作りだと栄養が偏る不安があるので、良質のドッグフードと半々くらいでブレンド。
飽和脂肪酸を含むオイルを毎食大さじ1杯ずつ最後に加える。
(亜麻仁油、オリーブオイル、グリーンナッツオイルなど)
③サプリメントとして継続的に与えているのは、しいたけパウダー、整腸効果がある酵素、
乳酸菌パウダー、ローヤルゼリー。

ふう…長文失礼しました。
検査の結果がよかったとはいえ、まだまだ気は抜けないと自分を戒めて、とりあえずこんなところで。

病気の犬を看病している皆さん、いろいろ大変ですが、頑張りましょう!



  1. 2013/10/25(金) 17:58:49|
  2. タミー
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

夫です。どうも有難うございました。



夫です。
タミーの病気についても、ハナちゃんの死についても、多くの皆さんがご心配くださり、
また温かな励ましの言葉をかけてくださり、本当に有難うございました。
皆さんのお言葉の数々は、わたしたちにとって、大きな救いになりました。

それにしても、タミーの検査結果は、本当に嬉しいものでした。
安堵のあまり、全身の力が抜けてへなへなとなりました。
タミーのMRI画像には、たしかにまだ薄ぼんやりした白い影が少々出ているのですが、
S先生によると、もはやこれはガン細胞かどうかは判別しがたい由。
放射線治療で剝がれた以前の腫瘍の痕跡かもしれない由。
もうしそうだとすれば、完治!!!ということになります。

たとえ腫瘍が多少残っているとしても、半年経ってまったく成長していないわけですから、
もうこのまま抑えこめるような気がします。
とにかくS先生は、予後はきわめて良好、1日1錠飲ませていた抗腫瘍薬の服用ももう止めてよい、
とおっしゃってくださいました。
万歳! です。

タミーの災難がこんなふうに良い結果で収まろうとしているのに、惜しむらくは、
わたしたちがまったく予期していなかった、ハナちゃんの死です。

しかし、ご自身のお子さんを奇禍で亡くされるとか、もっとひどい災難に遭われる方々が
この世には沢山いることを思えば、猫のことでいつまでもぐずぐず言っているのはあまりにめめしいでしょう。

──などと言ってみても、むろんそんな言葉は気休めにしかなりません。
しかしまあ、そう言い聞かせて、そういう気持ちに無理やりなるほかありませんね。
どんなに激しい思いが様々に渦巻いても、帰り着くところは、
ハナちゃんはもう生き返らないという、石のような事実ですから。

『川の光2──タミーを救え!』は、来年2月25日刊行をめざして進行しています。どうかお楽しみに。


  1. 2013/10/24(木) 12:43:36|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:11

タミーの検査



ついに来てしまった、タミーの半年後検査の日。
朝から胃が重く、何も食べる気になれないので、タミーに付き合って二人とも絶食。

午前11時、日本獣医生命科学大学動物医療センター(何度書いても長い…)に到着。
駐車場に入るとタミーはぶるぶる震えはじめ、いつものようにクフ、クフ、クフと不安そうな声をあげる。
担当医師にタミーを託して、いったん帰宅。

実は、今回の検査はかなり心配していた。
この数週間ほど、タミーは眠るときに軽いいびきをかくようになり、鼻がいつも乾き気味だった。
考えたくないけれど、腫瘍が再燃しているのではないだろうか?
でも、放射線はこれ以上当てられないし、手術もできない。
ハナちゃんを突然失ったショックから立ち直れずにいるというのに、
タミーがだんだん具合が悪くなっていくのを、ただ見守るしかないのか…。
黒い想念がぐるぐると頭のなかを渦巻く。

一昨日、夫とぼんやりテレビの前に座っていたら、
うつ病がテーマのドキュメンタリー番組が始まったのでつい見てしまった。
うつ病は、生物の防衛本能に深くかかわる病であるらしい。
危機が迫ると、脳の中枢の扁桃体が刺激され、ストレスに対抗するホルモンを分泌する。
こうすることで生物は危機にすばやく反応し、それを回避できるのだが、
あまり長時間ストレスにさらされ続けると、対抗ホルモンが過剰に出て脳が委縮する。
これが「うつ」と呼ばれる状態で、脳をもつ生物はすべてうつになる可能性がある。

水槽の底にどよーんと沈んだまま動かないうつ病の魚や、
毛布をかぶってうずくまり、檻の外に出ようとしないチンパンジーの姿が映し出される。
このサルは私だ、という気がだんだんしてくる。
このままではいけない。脳の委縮をなんとか阻止しなければ。

医療センターにタミーを迎えに行く道中も、わたしたちの扁桃体からは
ストレス対抗ホルモンがひっきりなしに大量に放出されていた。
武蔵野市の上を灰色の曇り空が覆っている。
夫はぼんやりしていて駐車場への角を曲がり損ねて直進してしまう。

ところが…憔悴しきって診察室に入ったわたしたちを、担当の女性医師は満面の笑顔で迎え、
「検査結果は、きわめて良好です!」ときっぱり断言してくれたのだった。

MRI画像には腫瘍の白い影はほとんど映っておらず、半年前の画像とほぼ変わらない。
いびきや鼻の乾きは、最初にできた腫瘍で鼻腔の軟骨が損傷を受けて、
フィルターを通さずに空気を吸い込んでいるために引き起こされる症状だという。
つまり、秋になって空気が乾燥してきたのが主な原因。
「加湿器で乾燥を防いであげてください」と先生。
へなへなとその場にくずおれたい気持ちをこらえ、首振り人形のように先生にお礼をいうわたしたち。

ああよかった。本当によかった。タミーは元気だ。タミーは元気なんだ!

ハナちゃんが守ってくれたんだろうか。ありがとう。ありがとう。
そしてごめんね。ごめんね。ひとりで死なせてしまってごめんね。

上は今年の3月23日、MRI検査でタミーの鼻腔腫瘍が発見された直後、
人間たちがパニックに陥っていた日に撮影した写真。
何も知らないタミーと、元気でぴんぴんしていたハナちゃんが、頭をくっつけてぐっすり眠っている。

麻酔から覚めて家に戻ってきたタミーは、夜ご飯をあっという間に完食してまた寝てしまった。
でも、タミーに寄り添って眠るハナちゃんはもういない。

寂しさと嬉しさがないまぜになったなんともいえない精神状態のなか、
わたしたちの脳は名前のわからない脳内物質をドクドクと分泌し続けている。

  1. 2013/10/22(火) 18:19:12|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:16

再び東京



タミーを連れて東京に戻った。

久しぶりの吉祥寺は驚異に満ちている。
夜8時まで開いているデパートの屋上のペットショップには
オーガニックの輸入ペットフードが当たり前のように並んでいる。
スーパーでは、小諸の八百屋さんで5個で198円だったシナノドルチェが1個167円で売られている。
そしてなんと、家の前を人がぞろぞろ歩いている。
千ヶ滝の家の前を通り過ぎるのは、サルの群れくらいだったのに。

いちいち感嘆しながら街を歩きまわった反動で、
ここのところの疲れがどっと出て、微熱と頭痛で寝込む。

ロキソニンを飲んで少し眠って、ようやく強烈な偏頭痛から回復。
やめようと思っていたのに、東京のPCに残されたハナちゃんの写真を見てしまう。

去年のいまごろ、書庫の窓から通りを眺めていたハナちゃん。
真っ黒いビロードのような背中と立派な尾っぽ。
思えば、このころのわたしたちには何の心配事もなかったなあ。

降り続く雨。
火曜日のタミーの検査に備えて、今日は薬を飲んで早めに寝てしまおう…。





  1. 2013/10/20(日) 19:11:56|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

サルの群れ再び現る



台風一過の晴天の朝、サルの群れが再び我が家の裏庭に現れた。

IMG_1573b.jpg
IMG_1572b.jpg
IMG_1587b.jpg
親子サル三態。

IMG_1583b.jpg
物干し台に乗ってみたり。

IMG_1579b.jpg
裏庭の奥にあるホオノキを揺さぶっているオス。

あわててシャッターを切ったので、またしても露出オーバーだったのが悔やまれる。
タミーは興奮して大騒ぎ。
わんわんわんと群れの真っ只中に飛び出して行こうとするのをなんとか制止する。

台風のあとは地面にいろんなものが落ちているので、拾い食いのチャンスなのだろう。
このサルたちはたくましく野生で自活しているのだなあ。
それからどんどん寒くなるし、大変だろうなあ。

撮影はできなかったが、なかに一匹、首に発信機のようなものをつけたオスがいたので
軽井沢町役場ではこのサルたちの動向をちゃんと把握しているのかもしれない。
  1. 2013/10/17(木) 09:20:09|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

そして人生は続く

IMG_1466b.jpg

朝、曇り。
今日は“山の方”に散歩に出る。
道に山ほど落ちていたイガグリはいつのまにか茶色に変色してボロボロになり、
遊び道具を失ったタミーはちょっと寂しそう。
それともハナちゃんがいなくなってしまったことが、ようやくわかってきたのか。

IMG_1482b.jpg

“山の方”の散歩道からはこんな風景が見える。
あの山の名前を知りたい、とふと思う。
浅間山の南麓から眺めているので、地図で確認するかぎりでは
佐久盆地の向こう側にある森泉山(1137m)か平尾富士(1156m)のどちらか。
「富士」にしてはシルエットが不均衡なので、森泉山だろうか。

午後から雨が降りはじめる。台風が本州を通過中らしい。
タミーはソファで深く気持よさそうに眠っている。

IMG_1555b.jpg

さて、来週はいよいよ、放射線治療の半年後検査。
ガン患者とは思えないほど元気だし、食欲も旺盛なので、検査の結果が悪いとは考えにくいのだが、
万が一病状が悪化していたら、わたしたちはその衝撃に耐えられるのだろうか。ちょっと不安…

  1. 2013/10/15(火) 23:15:03|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7

10月の朝



こんな夢を見た。
私は昔みたいに雑誌の編集者で、なかなかやってこないインタビュアーを待っている。
目の前には村上春樹が座っている。
ここはいまは取り壊されてしまった丹下健三設計の旧赤坂プリンスホテルのティールームらしい。
私は、ああこんなにお待たせして申し訳ないなあ、それにしても相変わらず保坂和志さんにそっくり、
などと思いながら話の継ぎ穂として
「残念でしたね、ノーベル賞」と話しかけてみる。
すると村上氏は目の前に置かれた幕の内弁当を箸でつつきながら
「可哀想でしたね、猫」と答える。
なんでこの人はハナちゃんのことを知っているんだろう。
「ところで幕の内弁当っていうのはね、サンドイッチにするのが一番うまいんですよ」と村上氏。
そういう彼の顔はいつのまにか真っ黒に日焼けして、さらにどんどん焦げていき、
やがて発火するセルロイドのフィルムみたいに燃え上がっていく。
ああ燃えてしまう、と手を伸ばしたところで目が覚めた。

冬の朝、こんな悪夢を見て目が覚めると、足の上にハナちゃんがずっしりと乗って
体を圧迫している、ということがよくあったっけ。

寝ぼけまなこで庭を眺めると、植えてもらった白樺のてっぺんに朝日が当たっている。

この10日間、たくさんの温かい言葉と励ましをいただいたことを思い返す。
たとえ最期があまりにも突然で気の毒すぎたにせよ、
数えきれないほどの猫が毎日、この地球上で生まれてはひっそりと死んでいくなかで、
多くの人に記憶され、愛されたハナちゃんは幸せものだ。
皆さん、本当にありがとうございます。
私たちのショックは少しだけ和らいできました。
喪失感が癒えるまでには、もうちょっと時間がかかると思いますが…。


  1. 2013/10/14(月) 09:11:39|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

夫です。ハナちゃんのこと(続き)。



タミーはただのタミー。タミーちゃんとは呼ばれない。
ハナちゃんは必ずハナちゃん。ハナと呼び捨てることはしない。

一昨年、家内がこのブログを始めたとき、その第1回目の冒頭に書いたことです。
ハナちゃんにいなくなられてみると、つくづく、タミーとハナちゃんは絶妙のコンビだったと思います。
タミーは、ハナちゃんにない陽気さ、生の肯定感、率直さ、社交性を溢れるばかりに持っている。
しかし、ハナちゃんはハナちゃんで、タミーにないすべてのものを持っていました。

わたしは前に、四人家族と書きました。
二人と二匹、などというしゃらくさい書きかたをする必要などまったくなかった。
わたしたちは四人家族以外の何ものでもなかった。
そして、その一人がいなくなるということは、全体のうちの四分の一を失うというだけのことではなかった。
わたしと家内の関係の中にも、ハナちゃんの存在は染みとおっていました。
家内とタミーの関係、わたしとタミーの関係も同じ。四人家族は相互に複雑に結びつき合い、
ぜんたいが緊密に連関したシステムのようになっていました。
ハナちゃんの消失は、たんに四分の一の部分が欠けてしまったということではなかった。
そのシステム全体が、一度ぜんぶ壊れたということです。

わたしの家庭は壊れてしまいました。
一瞬で、ぜんぶ、破壊されてしまいました。

もう一度、残った三人で、新しいシステムを構築し直さなければなりません。
それは可能だし、生きるためにはそうするほかはない。
しかしそれは、何と淋しい努力でしょう。

ハナちゃんがうちに来たのは2003年の11月中旬。
インターネットの里親サイトを通じて貰ってきた子です。路上で保護されたので正確な誕生日はわからず、
たぶん数日のずれはあると思いますが、わたしたちはとりあえず10月5日生まれと決めました。
(だから家内が以前に「あと一ヶ月で10歳」と書いたのは勘違い。ちょうど10年の生涯でした。)

あの日、ハナちゃんの誕生日だったその10月5日、家内が何かに導かれるように真っ直ぐ歩いてゆくのに、
わたしはタミーと一緒についていった。そして、渓谷に下る沢の斜面に、
黒と白のものを遠くから発見したときの衝撃は生涯忘れません。
何とか、ハナちゃんでないように──と念じながら近づいていって、
その希望がついえたときの絶望感も、忘れません。
わたしはハナちゃんを両手で胸の前に、捧げ持つようにして抱え、
右に左によろめきながら、なんとか足を交互に出して、家へ戻っていきました。
あの絶望的な数十秒も、生涯忘れません。
ずっと天を仰いで、何かを叫びつづけていたように思います。
このハナちゃんの体の、わたしがあまりにもよく知っている、この重さ、ないし軽さ。
しかし、それはもはや動かない、息をしていない、冷たい、濡れた体の重さでした。

肺から息が出尽くして声が出なくなると、また大きく息を吸って、また声をかぎりに叫びました。
家内も何か叫びつづけていたと思います。
号泣というのは、こういうことをいうのか。
「『あまちゃん』を見て号泣」などとふざけて言ったりするけれど……。
空を仰いでいたし、いずれにせよどうどうと流れつづける涙でまったく前が見えなかったのに、
そして、傾斜があったりでこぼこもあったりする草地なのに、
よくもまあつまづいて倒れたりもせず、木にぶつかりもせず、家まで帰ってこられたものです。
ふと頭を下げて前を見ると、いつの間にか、家のテラスのすぐ前まで来ているのが、ゆがんだ視界に映りました。
そのテラスのうえに、泥まみれのハナちゃんの遺骸をそっと置きました。
あとのことは家内の書いた通りです。

昨日は所用で、東京を日帰りで往復しました。人と笑顔で会話するのが辛いけれど、
軽井沢に残った家内の方がきっともっと辛いだろうと想像すると、こちらの辛さも増します。
だって、これまではタミーとハナちゃんと一緒に留守番をしていたのに、
今は彼女と一緒にいるのがタミーだけなのですから。

『川の光2──タミーを救え!』の入稿用原稿は中央公論社の打田さんに渡しました。
打田さんは『川の光』も『川の光 外伝』も、すみずみまで懇切なご配慮で作ってくれた人。
「私も松浦家のハナちゃんを忘れません」というメールをくださった打田さんは、
単行本化にすぐ取り掛かってくださる由。
『川の光2──タミーを救え!』の扉ページの裏には、
「とても賢くて、とても優しかった黒白猫、ハナちゃん(二〇〇三-二〇一三)の思い出に、本書を捧げる」
という献辞が載ることになります。

  1. 2013/10/12(土) 10:14:35|
  2. ハナちゃん
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10

小諸



このまま家にこもっているのはよくない、とどちらからともなく言い出した。
どこか行ったことのない町に散歩に行こう。小諸なんかいいんじゃないか。

しなの鉄道で中軽井沢から20分。
「小諸なる古城のほとり…」で有名な宿場町を、心ここにあらずでふらふらと歩いた。

IMG_1445b.jpg
IMG_1446b.jpg
IMG_1451b.jpg

懐古園、北国街道、赤く色づいてはじけたツリバナの実。
閉館中の寅さん記念館。
どうやらここは、昭和40年くらいで時間が止まってしまったような、とてもいい町みたいだ。
でも外界との間に薄いベールが一枚かかっているみたいで、何も頭に入ってこない。

歩きながら脳裏に浮かぶのは、ハナちゃんのことばかり。
吉祥寺の台所のカウンターに賢いフクロウみたいにきちんと座って、私たちが食事するのを眺めていたハナちゃん。
軽井沢の庭で石を拾っているとどこからともなく現れて、別に手伝ってくれるわけではないけれど
ずっと見守っていてくれたハナちゃん。
タミーと一緒にソファの上で丸まってぐっすり眠っていたハナちゃん。
最後にもう一度、大好きだったカツオのなまりを食べさせてやりたかったなあ。

そういえば、ハナちゃんの火葬の翌日、不思議なことがあった。
夕方近く、夫と台所の窓のそばでぼんやりしていたら、外で一声「ニャア」と声がした。
夫は外に出て探してみたけれど、見つからなかったという。

でもよく考えたら、この辺で猫を見かけたことなんて一回もない。
周囲の別荘の人たちは、みんな東京に帰ってしまっている。

私は、宗教もオカルトもおまじないも占いもまったく信じないし、
これまで幽霊の類を見たことも一回もない。
「私、前世では中世の騎士だったらしいの」などと言い出す人がいたら、
「この人とは少し距離を置こう」ととっさに考えてしまう唯物的な人間である。夫も同様だ。
でもあの声は、やっぱりハナちゃんだったのではないか。そうとしか思えない。

「Je suis la(私はここよ)」と(なぜかフランス語で)言っていたんじゃないかと夫はいう。
たしかにあの声は、軽井沢に引っ越してきた夜に家出して、
翌日の夜遅く戻ってきたときの「ニャア」にそっくりだった。

「じゃあね」と言っていたのかもしれない、と私は思った。
大げさなことは照れくさくて嫌いな猫だったから。

カッコつけてばかりいるけれど本当は依存心が強くて、
情報魔で知ったかぶりで、脱原発派でTPPに反対だったハナちゃんは
思えば私のアルターエゴだった。
自分が少し死んだような気がするのは、そのせいなのかもしれない。

そして私たち夫婦の心に、この数日、むくむくと湧き上がってきた感情。
それは「相手に先に死なれたらヤバイ」という恐怖である。

「それは当然、ぼくのほうが先に逝くでしょ。なにしろ年上なんだから」
「いや年齢の問題じゃないでしょ。あなたはいろんな人に“長生きするタイプ”って太鼓判を押されてるわけだし」
「そう言ってるのは川上弘美さんだけだよ」
「でも川上さんの言うことはいつでも正しいから」

そんなことをぼんやりした頭のまま語り合い、利己的な理由で相手の長寿を祈りながら帰路についた。

ハナちゃんの骨は、もう少ししたら、庭に植えてもらった白樺の根もとに埋めてあげたいと思っている。




  1. 2013/10/10(木) 14:08:11|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

夫です。ハナちゃんのこと。



今日は植樹の日。
植木屋さんがシラカバ3本、モミジ1本、夏ツバキ1本を植えていってくれました。
ハナちゃんにも見せてやりたかった。

2013年は、わたしたちにとって、恐ろしい年に、とんでもない厄年になってしまいました。
こういうことがあるのですね。
信じられないけれど、あるのです。

今年2月の台湾への旅は、何の悩みもない、何と幸せな日々だったことでしょう。
あれははるかに遠い体験になってしまいました。

ハナちゃんはどこにでもいるような、平凡な黒白柄の痩せた小さな猫でしたが、
ほんとうに賢い、すばらしい猫でした。
ここ数年は、私たちの考えも感情も、すべて理解していたと思います。
ただそれが言語によってではない、というだけで。

家内とわたしが一緒にいると、ばたばた派手な足音を立ててすぐタミーがやって来る。
しばらくすると、どこからともなくハナちゃんが現われ、ひっそり近寄ってきて、
しかしすぐには輪の中には入らず、無関心そうに通りすぎてみたり、少し離れたところからじっと見たりしている。
結局、家のなかではいつも、いつの間にかひとりでに、四人が一箇所に集まってしまったものでした。

冬はみんなで一緒に寝ていました。シングルベッド二つをぴったりくっ付けた空間に、
傍若無人に寝返りをうつ、かさばって邪魔くさい大きなタミーも一緒に、四人で体を温め合って。

おとなしくて気の弱い、内気な猫でした。
本当は人間が好きで、甘ったれるのが好きな子でした。
でも、それをあらわにするのは猫のプライドが許さない、と思っているようなところがありました。

まる10年間、ハナちゃんはいつもいつも一緒にいて、わたしたちを慰めつづけてくれました。
手を伸ばすと、いつもそこにハナちゃんがいました。
ハナちゃんはわたしたちの人生の喜びの、尽きることのない源泉でした。
病気をしたためしもなく、あんなに元気だったのに、
ハナちゃんの人生はたった10年で断ち切れてしまいました。

軽井沢に連れてきて、最初はすねていましたが、すぐ慣れて、ほんとうに幸せそうにしていました。
草の香り、風の感触を楽しんでいました。ごろんごろん仰向けに転がって、幸福感を表現していました。
それがせめてもの救いです。しかしそれもたったの2か月で終わってしまいました。
吉祥寺で平穏に暮らしていたのに、そもそもこんなところに連れてきてしまったこと自体、間違いでした。

わたしたちは一心同体の四人家族でした。
家内とも、昔は激しい諍いをしたり夫婦の危機があったりしましたが、陽性のタミー、
ひっそりと目立たないけれどいつもそこにいるハナちゃんのふたりを中心として、堅固なまとまりができました。
ハナちゃんがいなくなった今、ハナちゃんの存在感がどれほど大きなものだったかを改めて痛感しています。
わたしは、自分の半分が死んでしまったような気がしています。四分の一ではなくて、むしろ半分。
口の中に押しこんでも、食べ物はほとんど味がしませんし……。

四人で暮らすことを前提に計画し、あれこれ考え抜いて建てた家でした。
吉祥寺の家に付けたのとまったく同一の「猫用出入り口」を壁に取り付けてやりました。
吉祥寺のと同じ、床から9センチの高さのところ。ハナちゃんはすぐ慣れてくれました。
しかし、今ではぜんぶ無駄になってしまいました。

ハナちゃんなしで、これからいったいどうやって生きていったらいいのか。
ハナちゃんがかたわらにいないパソコンの前で、いったい何が書けるというのか。

ひとりで死んでいくのは、どんなにか怖かったことでしょう。苦しかったことでしょう。
わたしたちはハナちゃんを護ってやれなかった。
あんなに大きくて豊かなものをハナちゃんから受け取りつづけてきたというのに、
わたしたちは、いちばん肝心なときに、いちばん肝心なものを与えてやれなかった。
ごめんね、ハナちゃん。
可哀そうに、ハナちゃん。

こういうことを読んで、たかが猫一匹、何と大げさな──と思う人が世間にはさぞかし多いでしょうね。
しかし、このブログを読んでくださっている方々は、ぜんぶ理解してくださると思います。
それが大きな救いです。

わたしはこれから、仕事をしようと思います。今月は群像に短篇、来月は文學界に短篇、
その後は、新潮で何か大きなものをやります。そう約束しましたから、約束を果たそうと思います。
どれも内容は、今は何一つ、まったく頭にありません。こんな状態ですからと編集者に言い訳をして、
原稿を延期してもらうのは簡単ですが、わたしは何が何でも書くつもりです。
どんな馬鹿馬鹿しい小説になろうと、すかすかの駄文になろうと、書くつもりです。
生きなければ。

走りつづけてきたことに疲れた──とか、甘ったれたことを言って、ここ1年ほどはのらくらしていたものでした。
しかし、今や、立ち上がって、前に進まなければ。

『明治の表象空間』はもう校正刷りになっており、新年には刊行されます。
『川の光2──タミーを救え!』の単行本用原稿はほとんど完成しました。これも厚い本になるでしょう。
さて、その先には何があるのか。わからないけれど、とにかく何が何でも先へ進まなければ。
自分にそう言い聞かせています。

  1. 2013/10/08(火) 10:48:49|
  2. ハナちゃん
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:20

さようなら、ハナちゃん

IMG_1409b.jpg

動かなくなったハナちゃんを見ているのに耐えられなくなってきたので、
業者さんを探して電話して、立ち会いの火葬をお願いした。

お別れを言ってから1時間10分後、
ハナちゃんは、真っ白な骨になってしまった。
数日前まで、タミーと一緒に庭を飛び回っていたのに。

昨日の朝から、心臓がバクバクするような胸騒ぎがしていた。
家から見て南西の方角が、理由はわからないがものすごく気になった。
ハナちゃんは絶対に、その方角のどこかにいるような気がした。

だから夫とタミーと一緒に、まっすぐ南西に向かって沢を下っていった。
その斜面に、白黒の小さな身体が横たわっているのが見えたときの気持ちは、
一生、忘れることができないだろうと思う。

頭は家の方角を向いて、背中をまっすぐにして眠るようにストンと倒れていた。

なぜ守ってやれなかったのか。
プライドが高くて気まぐれだけど、実は傷つきやすい、弱い生き物だったのに。

普通は猫の火葬は40分くらいで終わるのだけれど、
ハナちゃんは真っ白い骨になるまでかなり時間がかかった、
とこれまで数限りない猫の火葬に立ち会ってきた業者さんは言った。

骨の周りに、少しだけ黒い部分が残っている。
ガンにかかった猫や、血液の病気で死んだ猫によく見られる現象だという。
元気そうだったけれど、実は体内では病気が密かに進行していたのだろうか。
そういえば最近、ろくに健診にも連れて行っていなかった。

ごめんね、ごめんね、ハナちゃん。
ひとりぼっちで怖い思いをさせてしまって。
いまさら謝っても遅いけど、ごめんね。

自分もハナちゃんのように、ひとりで死んでいくことになるのだろうな、と唐突に思った。
そうでなければ、ハナちゃんとのバランスが取れない気がする。

深い悲しみに囚われたときの、あの時間の歪みがまた襲ってきた。
そういえば、昨日の夜からほとんど何も食べていない。
夫と一緒にビールを少し飲んだだけ。

ブログの更新なんてとてもできないと昨日は思ったけれど、
目の前に索漠とした「時間」のゴムのような塊が広がっていて、
何かしていないと頭がおかしくなりそうなので、こうして書き続けている。

タミーはきょとん、とした顔をしている。
これまで人の死も動物の死も見たことがないから、
ハナちゃんが突然死んだことを理解できないのだ。
いつものように散歩に行こうとはしゃぎ、ボールを投げてくれとせがむ。
でもその無邪気な様子は、むしろ救いのように感じられる。
タミーは「死」なんて、なんとも思っていないのだ。







  1. 2013/10/06(日) 18:38:05|
  2. ハナちゃん
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:15

ハナちゃんのこと

ハナちゃんが死んでしまいました。

なかなか家に戻らないので、夫とタミーと捜索に出かけたら
渓谷に下る斜面の草地で動かなくなっていました。
もう息をしていませんでした。

家に抱いて帰って、体をきれいに拭いてやりました。
どこにも外傷はありませんでした。

死因を調べてもらいたいと思って軽井沢の動物病院に電話をかけまくりましたが
「当院ではそういうことはやっていませんので」とすべて断られました。
解剖なんかしなくてもいいんです、外側から分かる範囲で調べてもらえれば、と食い下がっても駄目でした。
でもよく考えたら、解剖しなければ本当の死因はわからないのだろうし
そんなことをしたって、ハナちゃんが帰ってくるわけではありません。

おそらくは突然、心筋梗塞とか心臓麻痺のようなことが起きたのでしょう。
これまでは病気ひとつしたことがない、元気な猫だったのに…

まだこれが現実だとは思えません。
もう少し待っていれば、このまえ家出したときのように「ニャア」という声がして帰ってきて、
足に頭をすりつけてご飯をねだるものだと思い込んでいました。

写真を掲載しようと思ったのですが、涙があふれてきて、とても選ぶことができません。

思えば私たちは、本当にひどい飼い主でした。
犬を飼ったことも、引っ越しも、すべてハナちゃんには辛いことだったに違いありません。
3月にタミーの病気が発覚してからは、タミーにかかりきりで、
ハナちゃんは頭がいいし自立しているから大丈夫、と安心しきっていました。
軽井沢に来たのを機に、どんなに嫌がっても外には出さずに、そのまま家猫にしてしまえばよかった。
そうすれば、こんなことには絶対にならなかったのに…。

ごめんね、ハナちゃん。本当にごめんね。
なんてかわいそうな目に遭わせてしまったのか。

あとちょうど一ヶ月で10歳でした。
本当に賢くて、手がかからない猫でした。

なんだか頭のなかがぐちゃぐちゃで、ものがちゃんと考えられません。
しばらくブログ更新やコメントへのお答えもできないような気がします。申し訳ありません。


  1. 2013/10/05(土) 19:45:22|
  2. ハナちゃん
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:16

お留守番の一日



この数日、夫は所用のため東京に滞在中。
とはいえゆっくり朝寝できるわけではなく、6時半には動物たちに起こされる。

信濃毎日新聞を広げてミルクティーを飲みながら、ハナちゃんと会話。
ハナちゃんは、当初は「キノコ、深追い禁物」などという牧歌的な記事が一面に載ったりするため
信毎を「素朴な地方紙なのね…」と軽く見ていたらしいが、
記事の論調が進歩的なうえ、TPPに反対する長野農業組合の意見広告なども大々的に載ったりするので、
次第にこの新聞を見なおしているとのこと(猫のくせに相変わらず生意気だ…)

それにしても、長野県民、もとい信州人のキノコに対する意気込みには想像を絶するものがある。
3面では毎日のように、マツタケを採ろうとして急斜面を転落したお年寄りや、
家の近所で採ったキノコで食中毒になった主婦がニュースになっているのだ。

朝食後、タミーと散歩に出る。
最近は朝夕それぞれ40分から1時間、計1時間半~2時間は確実に歩いている。健康にいいことこのうえない。
散歩の方角は大きく分けて2つ。
私は『失われた時を求めて』の「スワンの方」と「ゲルマントの方」になぞらえて
「山の方」と「せせらぎの里の方」と呼んでいる。
(後者は、本当にそう名付けられた別荘地の一画が存在する)

朝の散歩から帰ってから、中軽井沢の図書館へ出かける。
夫が車で東京に行ってしまったのと、そもそも車庫入れ&駐車恐怖症のペーパードライバーであるため、
ロイヤルプリンス通りを下って徒歩で行く。30分の快適なウォーキング。
(バスもあるのだが、1時間半に1本なのだ)

最近開館したばかりの駅に隣接した図書館は、なかなか充実した本のセレクション。
国内外の有名作家の全集が開架で並べられているのがうれしい。
「軽井沢ゆかりの作家」というコーナーがあり、馳星周や小池真理子などの作品が置かれている。
夫の本を探してみたら、『花腐し』と『半島』が日本作家の棚にあった。
このほかの主な作品を寄贈して、ゆかりの作家コーナーに並べてもらおうかとふと思いつく。
まあ、まだ新参者だし、軽井沢を題材にした作品はひとつもないのだが。

帰りはバスを利用。乗り合わせた地元の人たちが「今年の紅葉は早いらしい」と話している。
ということは、やっぱり寒さも厳しいのかしらん…。

午後は読書三昧で過ごし、夕方、再び犬の散歩に出る。
ただ歩いているだけでも、タミーの毛には多種多様な「ひっつき虫」がひっつく。
半円形のもの、ヒゲ付きタイプ、「新世紀エヴァンゲリオン」の使徒みたいな多面体のやつらなど。
東京ではイノコヅチだけだったのに、さすが軽井沢だ…と感心しながら
犬にブラシをかけてひっつき虫を取っているうちに、日がストンと落ちて暗くなる。

そしていま、ワンカップ大関ならぬ「ワンカップ五一ワイン」を片手にブログを更新している私。
夜はDVDで『蜘蛛の瞳』を鑑賞する予定。
吉祥寺の家から持ってきた黒沢清のDVDボックスで「90年代の黒沢清祭」を開催中なのである。

元来が引きこもり体質ということもあって、こういう生活は極楽そのものなのだが、
明日は夫が帰ってくるので、そろそろ主婦業に復帰しなければならない。
そして少しは仕事もしないとまずいだろうなあやっぱり、とほろ酔い加減で思う私だった。

すっかりいい気分になっていてダラダラと長文すみません…

IMG_1124b.jpg

問題:ハナちゃんはこの写真のどこにいるでしょう?


  1. 2013/10/02(水) 19:48:23|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

プロフィール

IZUMI

Author:IZUMI
賢くて優しかったハナちゃん
(2003~2013)の思い出に



『川の光2 タミーを救え!』
絶賛発売中!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

タミー (34)
ハナちゃん (21)
川の光 (48)
日記 (270)
動物の本 (17)
動物の映画 (13)
旅先の動物たち (9)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。