川の光日記

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ハナちゃん的日常

6月が終わろうとしている。

手帳を見ていたら、ちょうど3か月前の昨日が、タミーの第一回放射線治療の日だった。
あのころは本当に絶望的な毎日を過ごしていたけれど、不思議なもので、
その後のタミーの劇的な回復や、さまざまな出来事を経て、
いまわたしたちは平穏だった3月上旬の気持ちを取り戻しつつある。
人間、いつまでも絶望ばかりしていられないものらしい。
私がそういうおめでたい性質なだけかもしれないが。
まさに、禍福は糾える縄のごとし。いいことも悪いこともいつまでも続かない。
そうしてすべては恐ろしいほどのスピードで過ぎ去っていく。



そして、そんな波瀾万丈の3か月の間、つねにペースを崩さなかったのがこのお方。

人間たちが血眼であたふたしている渦中にひょこりやってきては窓を開けるよう要求し、
「あっごめんごめん、気がつかなくて」と慌てて開けてやるとなんだかつまらなそうに入ってきて、
今度は反対側の窓を開けるよう命じ、入ってきたときと同じようにつまらなそうに出ていき、
重い荷物を持ち上げて床に置こうと下を見ると、いつのまにかその場所にピンポイントで移動していて、
昨日は喜んで食べた猫缶をあけてやると今日は気に入らず、少し匂いをかいでからごはん皿をまたぐ。
(よく“猫またぎ”と比喩的に言うが、ハナちゃんの場合は文字通りまたぐ)

IMG_0530b.jpg

書庫で本を探していると、視界の隅をしゅっと通り過ぎる黒い影。
そう、あれが噂のクールなガッチャマン柄猫、ハナちゃんだ!
(最近は書庫でジョルジョ・アガンベンの“例外状態”について研究しているらしい)

しかし、そんなあまりにも猫っぽいマイペースぶりが、この3か月、わたしたちを救ってくれていたのも事実。
猫は「村上春樹みたいに本が売れない」とか「なんだか最近体の調子が…」などと愚痴ったりしない。
すべてをあるがままに受け止め、いつだって自由で、人間たちをあごで使い、
家庭内カーストの最上位に君臨している。

来世は猫に生まれたいものだ、と時々思う私。
野良猫はハードそうだから、気が弱くて子供がいない夫婦の家で威張って暮らしたい。

それにしてもハナちゃんは、写真に撮るのも難しい。
夫いわく「ハナちゃんが上手く撮れるようになったら一人前」。

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  1. 2013/06/28(金) 17:00:42|
  2. ハナちゃん
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私の好きな犬写真

「写真の勉強にはまず写真をたくさん見ること」とのアドバイスをコメントでいただき、
そういえば私はどんな写真が好きだったんだっけ…とふと考えた。

まずぱっと浮かんだのは、ブルース・ウェバー。

無題2

4.png

写真集『トゥルーへの手紙』より。
このほかにももっともっと良い作品がたくさん収録されているのだが、
ネットではなかなか見つけられなくて残念。

無題3

この写真集の元になったドキュメンタリー映画は2004年に日本で公開され、DVD化もされている。
犬とくにゴールデン好きで未見の方は、絶対に気に入るはずなので、ぜひ!

ブルース・ウェバーは言わずと知れた、80年代に世界を席巻したフォトグラファー。
映画監督でもあり、チェット・ベイカーを撮った『レッツ・ゲット・ロスト』などカッコいい作品が多数ある。
動物好きとしても有名で、『トゥルーへの手紙』は、ロングアイランドの海辺の家で
ウェバーがゴールデンレトリバーの軍団(映画で確認する限り少なくとも6頭いる)、
そのほか雑種犬、サモエド、猫、ゾウなどの動物ファミリーと暮らしている様子を撮ったもの。

これが実に実に、犬とくにゴールデン愛好者にとっては夢のような生活なのである。
美しい砂浜が続くプライベートビーチ、広くて開放的な家、大きなプール。
そこを犬たちが自由気ままに駆け回り、プールに何度も飛び込み、最高の笑顔を見せる。
楽園で暮らしているので、どの犬も目がキラキラ輝いて、本当に幸せそうだ。
なかには地元のサーファーと毎日サーフィンに行くのが日課の犬もいる。

ウェバーの写真は、被写体はなんであれ、いつも生命のエネルギーにあふれている。
何を撮ってもポジティブで生き生きしている。
そんな彼の写真が、ゴールデンという犬の脳天気で前向きな性格と素晴らしく相性がいいのだ。

それにしても、写真は本当に不思議だ。
レンズを通して入ってくる光を定着させるだけなのに、撮る人によってまったく違う世界が現れる。

たとえば、これも私が好きな犬写真。

kertezs.png

アンドレ・ケルテスの1928年の作品。
ここにはウェバーとはほとんど逆ベクトルの世界観がある。

ロラン・バルトは写真論『明るい部屋』でこれを参照して、
写真における「まなざし」について論じている。
「この少年は何も見ていない。
彼は自分の内部に愛と恐怖を抱え込んでいる。
それこそが“まなざし”なのだ」

う~ん、こういう写真もいいんだよなあ。
思えば私はダイアン・アーバスとかピーター・ウィトキンといった
病んだ感性をもつ写真家の作品も好物なのである。
決して写真のお手本にはならないのだけれど。

とりあえずはウェバーの写真を遠く仰ぎみる大目標として頑張ろうと思う。




  1. 2013/06/24(月) 21:30:29|
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写真修業・鎌倉編(その2)

鎌倉撮影会の後半戦。
気が付くと集合時間が迫っていたので、急ぎ円覚寺を後にして、集合場所の明月院に向かう。



明月院へ続く道の両側は、小津安二郎の映画の登場人物がそのへんに住んでいそうな
しっとり落ち着いた雰囲気の高級住宅街。

IMG_0424b.jpg

このあたりから、視界はひたすらアジサイ一色に。

IMG_0435b.jpg

IMG_0434b.jpg
明月院にて。

IMG_0487b.jpg
こんな品種や

IMG_0494b.jpg
こんな品種も。

何をどう撮ったんだかよくわからなくなっているうちに、タイムアップ。
カメラ教室の先生からは「次は今回撮影したなかから自信作を2点プリントしてくるように」とのお達しがあった。

IMG_0506b.jpg

なんだかどっと疲れたので、近くの喫茶店で休憩。
抹茶フロートに添えられていたおしぼりに、なぜか私の名前がプリントされているので、
ふと因縁めいたものを感じ、記念撮影。
抹茶の色を出そうとして、見事に露出を失敗する。

以下、私が粗選びした写真をiPad miniでざっと眺めた小言幸兵衛の講評。

う~ん、きみには構図のセンスってものがないね。ほらご覧なさい。たとえばこの竹ね。
竹とアジサイを一緒に写そうとした意図はわからなくはないけど、
竹の傾きがなんだか変で、構図に安定感がないでしょ。
この住宅街のアジサイも、中途半端で、狙いが不明瞭だね。
抹茶フロートの露出はまあ置くとしても、せめて背後にあるガラスのコップを
もう少し左奥にずらして撮るだけの配慮がほしかったねえ。
ぼくが昔一眼レフで撮影していたころは(遠い目)一枚一枚、入魂でシャッターを切ったものさ。
いまはいくらでも撮り直しがきくから、かえって写真から魂が失われてしまったような気がするね。

写真修業の道は険しい…。



  1. 2013/06/22(土) 18:00:06|
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写真修業・鎌倉編(その1)

タミーの検査騒動でバタバタしていたのでアップしそびれていたが、
先日、梅雨の晴れ間を利用して、私はさくっと鎌倉まで写真修業の遠征に行っていたのだった。
最近、月に一回の割合でデジタル一眼レフの講習に通い始めたのだが、その撮影実習が鎌倉で行われたのだ。
実習といっても、北鎌倉の駅で集合、あとは適当に自分の好きなものを撮り、
最後にもう一度全員集合して解散→後日作品の講評、というフリーなスタイル。

そんなわけで、私がまず直行したのは円覚寺にある小津安二郎のお墓。



この墓所は映画好きにとっては聖地で、世界各国から多くの人がお参りしている。
ヴィム・ヴェンダースは『東京画』で小津映画の名カメラマン厚田雄春と訪れているし、
最近ではホセ・ルイス・ゲリンが『メカス・ゲリン往復書簡』というドキュメンタリーで撮影している。
ゲリン監督は「つるつるした墓石を蟻が登れそうで登れず悪戦苦闘する様子を延々と超クローズアップで撮る」
という相当マニアックなことをしているのだが、これがとてもスリリングで、なぜか全然退屈しない。

私は大昔『東京画』の字幕の下訳をしたことがあるにもかかわらず(監修は夫)
実はお参りするのはこれが初めて。
想像していたより、さらに一層さっぱりと潔いお墓だった。
お酒はたくさんお供えしてあったが、お花が枯れてしまっていたのがお気の毒。
どこかで買ってくればよかった。

この日は快晴で、時刻はお昼頃。御影石のほぼ真上から太陽が照りつけて、
普通に撮影すると、墓石の前面が黒くつぶれて有名な「無」の文字が見えない。
しかし露出を上げて撮ると、今度は上の写真のように、
周辺の砂利や石がハイキーになって調子が飛んでしまう。
うう~、難しいよお…。
こういうときはきっとレフ板を使うのだろうなあ、と思い当たるが時すでに遅し。

IMG_0364b.jpg

すぐ近くには木下恵介監督のお墓もある。
松竹大船撮影所の跡地は、いまは鎌倉女子大学の敷地になっているのだったか。

お墓を後にして、円覚寺の境内をさまよう。

IMG_0373b.jpg
↑「場所さえあれば人はどこにでも小銭を置いてしまう症候群」症例その1。

IMG_0398b.jpg
↑症例その2。サルノコシカケが偶然にも絶妙の位置に生えてきて、
お地蔵さまが片手にお賽銭用のお盆を捧げ持ったような形になっている。

IMG_0406b.jpg
↑池で亀Aが甲羅干ししているのをぼんやり眺めていたら、
背後からひと回り大きくて凶悪な亀Bがジョーズみたいに忍び寄ってお尻に噛みつき、
亀Aは「きゃい!」と叫んで逃げ、亀Bはその後釜に居座ってしまった。
いや、ただそれだけなんですが…。

それにしても、なぜ私は広大な敷地をもつ鎌倉の名刹にはるばるやって来たというのに
広角レンズで山門やお堂を撮らずに、お墓や小銭や亀ばかり撮っているのであろうか。

(後編につづく)


  1. 2013/06/20(木) 22:24:28|
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健診の結果、良好!



タミーの放射線治療後2か月目のMRI検査に行ってきた。

結果は、予想していた通りたいへん良好で、夫ともども安心して胸をなでおろす。
一か月前のMRI画像は、発病が発覚してから最初に撮った画像に比べると
劇的にいいほうに変化していたので、大喜びしたわけだが、実はまだあちこちに腫瘍の影が残存していたのだった。
今回はそれらが一掃され、特に脳の近くにまだもやっと漂っていた影が消えているのは非常なる朗報。

しかし…残念ながら、腫瘍はまだほんの少しだけ、鼻腔の周辺部に、さざ波の痕跡のように生息している。
つまり、完治はしていない。再燃の可能性はまだ残っている。
めでたさも中くらいなり、というところだろうか…。

次の健診は3か月後。それまでは、丸山ワクチンを打ち続け、体によくて美味しいものを食べさせ、
ガンに有効といわれているあれこれを検討し、いいと判断したことはできる限りやっていくしかない。
地道な努力を怠らないと同時に、あまり深刻になるのはやめて、
なるべく楽しく明るく、タミーと笑って過ごしたい。
その心構えは、この一か月でなんとなく体得できたような気がする。

というわけで、次の課題は、一か月後に迫った、軽井沢への一家あげての移住。
よく考えてみると、これは相当な難題だ。
夫があまり戦力にならないことは、吉祥寺に越してきたときの経験でよくわかっている。
「じゃあ、ぼくは本を箱に詰めるね!」と明るく申し出るので安心して任せると、
いつのまにかソファでトドのようにゆったり寝そべって本を読んでいるではないか。
そしてそのように何の役にもたたない、はっきり言って邪魔なだけの存在として、
私が積み上げた段ボールの山の間をなんだか嬉しそうにいそいそと歩き回り、
「ああ、ぼくも梱包されて運ばれたいなあ」などとのたまう始末。
まあ、今回は引っ越しではないし、とにかく本を運ばなくていいのだからなんとかなるか…。

私がいなければ、いったい松浦家はどうなってしまうのであろうか。
それなのに家族内カーストは最下位という、この矛盾…(ため息)。

(トップの画像は、カメラの練習に撮影した季節もの=アジサイ。
いまひとつ構図の決め手に欠けるが、何事も修行)
  1. 2013/06/18(火) 16:57:46|
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カピバラという動物

そうなのである。カピバラは世界最大のげっ歯類=ネズミ。原産は南米のアマゾン流域。
要するにブラジルに移住して一旗あげたチッチとタータの遠い親戚みたいなものだ。

オスとメスは、子どものうちは見分けるのがとても難しいらしいが、
大人になると、オスは鼻の穴の上に「モリージョ」(スペイン語で“小さな丘”の意)
という黒っぽい卵状のこぶができるので、これがあるか否かで簡単に判別できる。
つまり下の写真では、右がさだ吉さん、左がおまつさん。


「さだ吉っつぁん、ちょいと泳ぎ疲れたからアゴ乗せしていい?」「おぅ、乗せてやってくんな」「ふぅ…」

水がないと生きていけない半水生動物であり、ひとたび水に入るや、たっぷり蓄えられた体脂肪と力強い筋肉で、
ずんぐりむっくりした体型からは想像できないほどダイナミックな泳ぎを見せる。
鼻の穴が上のほうについているのは、水から顔を半分出して泳ぐのに好都合だから。

101b.jpg
↑さだ吉っつぁんのかっこいい潜水。水中では鼻の穴と耳をぴったり閉じている。

完全な草食で人畜無害。決して頭脳明晰には見えないのだが、そのせいか、動物園の檻のなかにいても、
あまり不幸そうな感じはしない。こんなにピースな動物はめったにいないと私は思う。
つらいとき悲しいときは、どこまでもつづく広い草原のなかをゆったりと川が蛇行していて、
川辺でカピバラたちが草を食べたり、水浴びをしたり、重なり合ってごろごろと昼寝をしたりしている…
そんな「カピバラ惑星」が銀河系のどこかにあることを想像してみる。

さていよいよ明後日18日は、タミーの再検査の日。
最近、最初に脱毛してきたあたりにまた毛が生え始めているし、食欲も絶好調なので、
絶対に悪い結果は出ないと信じているのだけれど…。



  1. 2013/06/16(日) 18:58:43|
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ミニトークとサイン会のお知らせ



明6月14日(金)、代官山蔦屋書店にて、『波打ち際に生きる』刊行を記念した
夫のミニトーク&サイン会が行われる。

19時より60分ほどのミニトーク、その後サイン会という流れ。
サイン会は当日、『波打ち際に生きる』を購入して整理券をゲットしなければいけないのだが、ミニトークは無料!
(当日ぶらりといらしても大丈夫そうだけれど、予約受付中なので念のため予約したほうがいいかも)
代官山蔦屋書店はカルチャー好きなら半日は遊んで過ごせる魅力的なスポットなので、ミニトークだけでもぜひ!

詳しくはこちら↓
http://tsite.jp/daikanyama/event/001884.html

ちなみに、トップの画像はミニトーク&サイン会とはまったく関係がなく、
賑やかしのために井の頭自然文化園のカピバラ夫妻に登場してもらった。
私はこのふたりを「さだ吉」と「まつ」とひそかに名づけ(本当は動物園が決めた別の名前があると思うが)
定期的にその動向を観察していく所存である。
  1. 2013/06/13(木) 10:53:52|
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ポーランドのおみやげ



これは、夫がワルシャワで買ってきてくれたポーランド・ポタリー。
良質な土で有名な、ポーランド南部、ドイツとの国境近くの町ボレスワビエツの名産で、
ワルシャワ市内に専門店があるという。右の猫と肉球モチーフのマグがひと目で気に入り、
私が独占権を主張できるマイ・マグとさせていただくことにした。

IMG_0339b.jpg

↑スクエアプレート。この陶器は日本にも輸出されていて、雑貨店に時々置いてあるけれど、
こういうすっきりしたデザインはあまり見たことがない。素朴な手描きで、オーブンも電子レンジも食洗機もOK。
そして価格も非常にリーズナブルみたい。これを機に、この陶器にはまってしまいそうだ。

それにしても、こんな梅雨空の暗い日でも、露出を調整すればフラッシュなしで
明るく取れてしまう一眼レフはさすがである(自分の腕はまだまだ)。

IMG_0349b.jpg

↑こちらは三井物産のワルシャワ支店長ご夫妻にお土産にいただいた
琥珀のヴァイオリン。琥珀もポーランドの特産品。
実物は高さ10cmくらい。体長3cmのこどもタミー人形と一緒に撮影。

夫はまだ時差ボケ真っ只中で、深夜にばっちり目が冴えた状態で落ち着きなく家の中を徘徊し、
絶賛公開中の黒沢清監督の最新作『リアル 完全なる首長竜の日』に登場する
“フィロソフィカル・ゾンビ”(=ヒトにしてヒトにあらざるもの)みたいになっている。
早く真人間に戻ってほしい。

  1. 2013/06/12(水) 15:02:36|
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父帰る

こんにちは、タミーです。
きょう、玄関でうとうとしてたらね、
いきなりお父さんが帰ってきたんだよ!


「タミー!」「お父さん!」

IMG_0324b.jpg
「タミー! タミー!」「お父さん! お父さん!」

IMG_0327b.jpg

いつまでも熱い抱擁を交わし合うふたりであった…。



  1. 2013/06/10(月) 12:59:37|
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夫です。最終日も平穏に暮れて。

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↑ヴルタヴァ川の流れは依然として速い。

カフカミュージアムには結局、すんなり行けた。
これまで、「カフカの引っ掻くエクリチュール」などと物識り顔で
図々しく書いてきたものだが、実物を見るのは初めてである。
インクの筆跡がなまなましい手紙や原稿を前にして、粛然とした気持ちになった。
優雅とか美しいといった筆跡ではない。プルーストとはぜんぜん違う。
これは「筆耕の書体」だと私は感じた。
原稿展示以外に、妙な体感型インスタレーションみたいのがあって、
ちょっと面白かった。
こんなの↓
image_20130608201046.jpg

それがこんなになったり↓
image_20130608201047.jpg
カフカと無とか、鏡と遠近法とか、小難しい理屈が書いてあったが、理解が届かず。
しかし、私は開館時刻の10時ぴったりに入って40分ほどいたのだが、
その間、見物客は私一人だけ。
大丈夫かなあ。

いやはや、歩きに歩いた2日半だった。
残念なのは、礼拝堂、図書館、天文台などが集まっている
「クレメンティヌム」という一郭がクローズドだったこと。
洪水のせいだという。たしかにまあ、川岸近くではあるのだ。

もうすることがなくなってしまったので、夜は国立マリオネットシアターの
『ドン・ジョヴァンニ』を見ることに。
こんなの↓
image_20130608234056.jpg
まあ、観光客相手の見世物だが、けっこう入念に作り込まれている。
「アメリカ人にもわかるように」とかいったような、
よくある客をなめた姿勢がないのが好感を持てた。

夕食は、最初の日に行った「ウ・メドヴィードクー」というビアホールに
ついまた行ってしまった。
牛肉をビールで似たグラーシュ、それにブドヴァル(ブロンドビール)、
お代わりしてダークビールも。
私は結局、このビアホールがいちばん気に入ったのである。
二度目は、いよいよくつろいだ気持ちになれた。
絶えず新しい体験を求めるという貪欲さ(家内は実は、それを
非常に旺盛に持っている人)は、私にはあまりない。
何かが気に入ったら、それを飽きずに繰り返していたい。
繰り返しているうちに、それが自分のからだの一部になってゆく。
それでよい。
というか、それがよい。
ワルシャワやプラハにもまた戻ってきたいと思っている。

明日は12:55プラハ発、ミュンヘン経由で東京へ。
午前中少し時間があるから、「クレメンティヌム」をもう一度トライしてみようか。
しかし、日曜だし、たぶん事態は動いていないだろうなあ。
今回、カレル橋も結局渡れずじまい。
心残りなことではある。
でも、「心残り」というのは、考えてみればとてもすてきな言葉ではないか。
私は、心を少しだけプラハに残して、発ってゆくのだ。


  1. 2013/06/09(日) 07:02:32|
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夫です。怒濤のような観光の一日。

さてさて。
プラハと言えば、やっぱりカフカ。
他にクンデラとかいるけど、二流のEU作家としか思っていない。
ここの人たちはリルケもチェコ人と思いたいらしいけど(今日のお昼は
『ライナー・マリア・リルケ』という名のレストランで食べたのだ)、
それはやっぱりちょっと無理でしょう。
image_20130608044522.jpg
↑プラハ城の「黄金の径」にあるこの22番地は、カフカが執筆用に借りていた家。

image_20130608044528.jpg
↑マイセロヴァ通りのこの建物の一階がカフカの生家。

私の持って来た「地球の歩き方」は2005年版という古いものなので、
この生家が記念館になっていると書いてあった。けれども、実はここはもう閉鎖され、
新しいカフカミュージアムが川の対岸に新規オープンされていたのですね。

image_20130608044730.jpg
↑で、今はこの〈カフェカフカ〉があるだけ。

自筆原稿がたくさん展示されているというその新しいカフカミュージアムには、
ぜひとも行きたいと思う。地図で見ると、カレル橋を渡ればすぐらしい。
しかし、洪水の影響でカレル橋は閉鎖されたままだ。
image_20130608044531.jpg
川の向こう岸は、つい目と鼻の先に見えている。
橋もある。
しかし、橋は当面、渡れない。
別の橋を渡ればよいわけだが、しかしそうしようとすると、
また何か別の事情でその企ても挫折しそうな気がしてならない。
ああ、それでは私は、いつまで経ってもカフカミュージアムに行けないのか。
やや‥‥そんなお話をどこかで読んだような気が‥‥?

ところで、ビアホールU Dvou Kocek(2匹の猫)は、ワンダフル!
チェコビールは、とにかくワンダフル!
ビールを飲みながら、ロラン・バルトがタンジールのバーについて書いた
すばらしい文章のことをしきりと思い出していた。
ああいう凄いことをさらりと書いていたバルトの異能に改めて感嘆する。
私は若い頃あれに感動して、『口唇論』でもそれに触れたものだったが、
結局、若い頃に凄いと思ったものへ、人間は最終的に帰ってゆくのかなあ。
還暦近くになってしまったけれど、結局これまでの生涯で、ほんとうに
私の真芯を刺した書き手というのは、バルトだけだったなあ。
私も何か、もう少しやれることがあるはず。
あと少なくとも数年、ひょっとしたらあと十数年、私に
時間が残っているというのは有難いことだなあ。
プラハのビアホールでそれでそんなことをぼんやり考えていた。
酔っ払っているので変な話になりました。
  1. 2013/06/08(土) 05:40:30|
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父恋し



夫が出発してから、タミーはなんとなく沈んでいる。
そろそろ帰ってくるんじゃないかと、今日も玄関で律儀に待機中。

IMG_0321b.jpg

ああお父さん…早く帰らないかな…

IMG_0322b.jpg

しかし前に回り込んでみたら、いつのまにか気持ちよく寝ていた…。



  1. 2013/06/07(金) 15:36:06|
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夫です。プラハにて。

さて。
プラハにいる。
ここでの3泊はまったくのオフである。
ワルシャワでは人々に連れ回されるままに動いていて、
現地のお金さえ結局持たないままだったが、ようやく呑気な一人旅になった。
天気は曇り時々晴れ。気温はマイルド。湿度が高い。
浸水の影響はまだ残っていて、カレル橋は通行止めになっていた。

image_20130609002706.jpg
↑水位は下がっているが、ヴルタヴァ川の流れは速い。
遠くに見えるのが結局渡れなかったカレル橋。こんな遠回りして、一つ上流の橋を渡ったのだ。

滞在の初日は、ちょっと面白そうなのでHotel Monasteryというのを選んでみたのだが
(名前の通り修道院がホテルになっている)、部屋が小さく窓も小さく、
少々息苦しい。僧房だから仕方ないか。しかしここは一泊だけにしておいて良かった。

image_20130607040943.jpg
↑ホテルモナストリーはストラホフ修道院の一郭をなしており、
プラハ西部の高台にあって、見晴らしはとても良い。

私の旅のスタイルは、何が何だかよくわからぬまま、
とにかくただ闇雲に歩き回るというものだ。
ガイドや地図をあまり見ないのは、たんにめんどくさいから。
しかし、一人旅も久しぶりである。 どうしても知りたいことが起こると
(たとえば、ここはいったいどこなんでしょう? とか‥‥)家内に訊く、
という行動形態に慣れてしまった自分が情けない。
この人は情報魔だから、何でも知っていてすぐ教えてくれるのだ。
頽廃というものだろう。
しかし、迷路のようなプラハ旧市街の街路など、闇雲流のほうが面白いのではないか。

夕食はビアホールのU Medvidkuで、ローストチキンのクリームソース和え。
チキンもビールも美味だったし、雰囲気が非常に良かった。
私はビアホールという空間が大好きなのである。
(そのことは『散歩のあいまにこんなことを考えていた』という本に
書いたことがあるのだった)。
地元の人たちが家族や友達とやって来て、ひとときを楽しんでいる
すてきなビアホール。↓
image_20130607053830.jpg

ところが、それで調子に乗って、もう一つ、
U Flekuというビアホールでもう一杯飲んで行こう、
という考えを起こしたのが失敗だった。
こちらは物欲しげな顔をした外国人観光客が押し合いへし合いしていて
(まあ私もその一人なのだが)、落ち着かないつまらない店だった。
評判の黒ビールはむろんまずくはなかったけれど。
やっぱりガイドブックを信じると碌なことはない。
さあ、明日は精を出して観光しよう。


  1. 2013/06/07(金) 04:50:32|
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夫です。アウシュヴィッツからクラクフへ

さて。
早朝、ワルシャワ空港からクラクフへ飛び、さらに車でアウシュヴィッツへ。
アウシュヴィッツミュージアムの主任研究員である中谷氏の案内で、収容所跡を見学。
重たい3時間だった。

image_20130606055349.jpg
↑アウシュヴィッツ正門。有名なAlbeit macht frei(労働は人を自由にする→働けば自由にしてやる)という標語が掲げられている。

image_20130606055354.jpg
↑「死の壁」。これを背に多くのユダヤ人が銃殺された。

中谷氏の、抑制された激しいパッションが窺える静かな口調に感銘を受ける。
死体から刈り取られた髪の毛の山。靴の山。これまでそれをめぐって
さんざん読んできたものの数々。しかし、それを現実に眼前にするというのは、
やはりまったく違う体験である。

image_20130606062915.jpg
↑ビルケナウ(アウシュヴィッツ2)正門と監視塔。

image_20130606055339.jpg
↑もとは厩舎だった囚人房。中央に排泄用の穴が並ぶ。
いろいろな感想が浮かぶが、なかなか言葉にならない。

アウシュヴィッツを出発し、クラクフへ向かう。
クラクフの趣き深い旧市街を見物。
image_20130606055724.jpg
↑クラクフ旧市街の中央市場広場。

image_20130606055652.jpg
↑クラクフ旧市街にて。三井物産ワルシャワ支店長の大石氏(左)と
同社の社会貢献室の西井さん(右、赤い服の女性)。
今回、このお二人には本当にお世話になった。お世辞でも何でもなく、
トップクラスの商社マンというもののバイタリティ、視野の広さ、繊細な心配りに
つくづく感嘆した。

古雅な風情のただようレストランで夕食。
ピエロギ(ポーランドの餃子)を食べられたのが嬉しかった。
21時発のフライトでワルシャワへ。
さあて、「公式行事」はこれでぜんぶ終わったぞ。
明日はいよいよプラハへ向かう。大雨と洪水はどうなったろう。


  1. 2013/06/06(木) 06:04:55|
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夫です。講演は終えました。

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↑ホテルの部屋(38階)からの早朝のワルシャワ市の眺め。

慌ただしい一日だった。
今回の講演では、「波打ち際の文化」の問題を、小さなものをいつくしむ伝統と、
息の短かさの美学へ結びつけることを試みた。
大陸の平原の国であるポーランドにも、波打ち際のイメージはないわけではないと述べ、
ポランスキーのかつての短編映画『タンスと二人の男』で締め括ったのだが、
きっとこれは聴衆は誰も見ておらず、何を言いたいのかほとんど通じなかったかも。
しかしとにかく、何とか講演は終えてひと安心。

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今回の催しは三井物産の社会貢献室の肝入りでもう3年続いている、
「冠講座」という企画の一環。これまで作家としては辻原登さんや
平野啓一郎さんが登場している。
こういう不急不要の文化事業にこんなに熱心に取り組んでいる三井物産は、
なかなか大した会社ではないか。
聴衆は180人ほど。在ポーランド特命全権大使の山中誠氏が
奥様ともども聴きにきてくださったのは、光栄なことだった。
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↑ワルシャワ大学日本学科の主任教授アグニエスカ・コジーラ先生。

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↑講演会場のあるワルシャワ大学図書館。
いかにも居心地のよさそうなすてきな建築。

講演の後、日本文学研究者二人によるインタビューを受け、
拙作を丁寧に読んでくださっていることに恐縮、深謝。
いったんホテルに帰った後、大使公邸へ。山中大使夫妻が夕飯に呼んでくださったのだ。
豪奢なダイニングルームで、手の込んだ和食と美味しいワインをご馳走になり、ひととき歓談。

ついさっきホテルに戻ってきたところだが、ジェットラグが急に来て、
もう目を開けていられない。
いやあ、充実した一日であった。
明朝も早い。クラクフに飛行機で向かうのだ。
おやすみなさい。




  1. 2013/06/05(水) 04:31:42|
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夫、ワルシャワへ

クイズ:このなかにアライグマは何匹いるでしょう?



答え:3匹(だと思うけれど確信はない)

…というわけで、アライグマとはまったく関係ないが、夫はポーランドへと旅立っていった。
出発前夜、吉祥寺バウスシアターで開催中の爆音映画祭から帰宅すると、あたふたとパッキングの真っ最中。
パッキングといえば思い出すのが、『東京物語』のあまりにも有名な空気枕の場面。

「空気枕はそっちに入りやあしたか」
「空気枕はおまえに頼んだじゃないか」
「ありゃあせんよ、こっちにゃあ」
「そっちよお。渡したじゃないか」
「空気枕ありゃあせんよ、こっちにゃ」
「ないことないが。ようさがしてみい…おお、あったあった」
「ありゃあしたか」
「うん、あった」

これが(旅行前夜はいつもそうなるのだが…)我が家でも再現され、
結局、中央ヨーロッパで使えるC型コンセントは見つからないまま。さらに

「飛行機が落ちて、ぼくは北極海の藻屑と消えてしまうかもしれないね」
「大丈夫だってば。あなたはどこからどう見ても長生きするタイプだって定評があるんだし」
「…そんなこと言ってると、そのうち『東京物語』の笠智衆みたいに
“こんなことなら、もう少しやさしゅうしてやればよかったと思いますわ”と思う日がくるよ…」

などという会話が交わされ、夫は『明治の表象空間』の最新データが入ったUSBメモリを私に託し
「万が一のときはこれを編集者に渡して本を仕上げてもらってね。完成したら霊前に供えてね」
と遺言を残して、本日早朝、ばたばたと出て行ったのであった。

夫は北極海の藻屑となることなく、無事にワルシャワにたどり着けるのか?
内陸国ポーランドで“波打ち際の国”というテーマは通用するのか?
スリリングである。






  1. 2013/06/03(月) 21:27:13|
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猿の人生

犬の人生があれば、猿の人生もある。
動物園で撮影したサル山の写真を眺めながら、ふとそんなことを考えた。

081b.jpg
初夏は換毛の季節。もの思いにふけるこの猿も、よく見ると
背中から腰にかけての毛を残して夏毛に生え換わっている。


「おかあちゃんどう、ここ気持ちいいかい…」
「ありがとうよ坊、ああ極楽、極楽だねえ」

少し大きな動物園ならどこにでもあるサル山。
そこで暮らす猿たちに、世界はどう見えているのだろうか。
捕獲されて連れてこられた猿は、人間と同程度には世界の広がりを認識しているはずだ。
でもここで生まれた子ザルにとっては、サル山とそこから見える景色が世界のすべてだ。

蒸し暑くて眠れないある晩、「坊、お前は知らんだろうが、ここからずっとずっと遠くまで行ったところに、
森というものがあっての…」と語り始める古老猿。
「もり? もりって何?」と目を輝かせるサル山生まれの子猿。
「いまおまえが座っておるのは、コンクリートで固めて作った嘘の木じゃ。
森には本物の木がたくさん生えておっての。どこまでもどこまでも広がっておるのじゃ。
それはもう、気がせいせいするような眺めなのじゃよ。
ただ、冬場は食べ物も少なくなるし、暮らしはここより厳しいがの…」

しかし、そんな昔語りをする古老もいつか死んでしまい、
やがてサル山は森を知らない“ゆとり世代”の猿だけになってしまう…。

SFにありがちな設定に「井の中の蛙もの」とでも呼びたいパターンがある。
主人公は「これが自分にとっての世界、自分の毎日の生活は当たり前」と信じて生きているのだが、
ふとしたきっかけから、周囲のすべては作り物であり書割であり、
自分は誰かが巧妙に設計したシステムのなかに監禁されていたことを知る。
『逆転世界』、『トゥルーマン・ショー』、『マトリックス』等々。いま絶賛公開中の『オビリビオン』もそうだ。
サル山で生まれ育った猿が真実の世界を発見するときのクラクラ感は、
『オブリビオン』でトム・クルーズが演じた主人公の驚愕と同じなのではないだろうか。
(ちなみにOBLIVION とは「忘却」の意)

(余談だが、こういうときに自然に口をついて出てしまう、いわゆる「古老の語り口調」は、
いつどのようにして刷り込まれたのだろうか。
そして実際にこのように語る古老は、世界のどこかに実在するのじゃろうか…)

  1. 2013/06/02(日) 18:53:31|
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