川の光日記

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ハナちゃん、日本を憂う



ハナちゃんが庇の上で、遠くを見つめて何か考え込んでいる。
リベラル猫として、衆院選を前に、この国の行く末を心配しているらしい。

「どうしたのハナちゃん、なんだか浮かない顔して」
「あのね、私思うんだけど」
「?」
「今度という今度はちゃんと考えて投票しないと、日本ヤバイわよ」
「そういえばこのところ、選挙にちゃんと行ってなかったからなあ」
「現在の状況は、政党が足の引っ張り合いで自滅していった、昭和初期の状況にきわめて近いものがあるわよね」
「政治家の小物化も昭和初期に似てる、と言われてるよね…」
「リベラル総崩れのなかで“何かやってくれそう”な暴走政治家に票が集まる、最悪の結果にもなりかねないし」
「例の第三極が過半数を取ることはないだろうけど、キャスティングボートを握ってしまう可能性はあるかもね…」
「そもそも、議会制民主主義という制度自体が、ある意味すでに金属疲労に陥っているわけだけど」
「ははあ…まあお母さんには、むずかしいことはよくわからないけどね…」
「ああもう、人間に任せておくとロクなことにならないのは目に見えてるわ…」

絶望的な目で私を見やってから、おもむろに猫集会へと出かけていったハナちゃん。
どうやら集会では、新党「猫の生活が一番」の結成が俎上にのぼり、熟議された模様。

たしかにハナちゃんの言うとおり、人間もしっかりしないとヤバイかも…

4gatsu01
それはそれとして、秘密兵器も気になるのだった…




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  1. 2012/11/27(火) 23:35:24|
  2. ハナちゃん
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11月下旬のミニ事件簿



いつのまにか「2012年も終わり」的なムードが漂い始めた11月下旬。
平穏な日々が続くなか、我が家ではいくつかのミニ事件が勃発中。

●夫がFMラジオのDJに?!

以前、半ばジョークで、大学を退職後の夫が憧れる職業として「ラジオのDJ]を挙げたことがあるのだが、
なんとこれが、本当に実現してしまいそうな気配なのだ。
とはいえ、さすがにいきなりレギュラー番組を持てるわけではなく、
年末年始の特番に、とりあえず抜擢していただいた、という形。

番組タイトルは『ミュージック・イン・ブック ~音楽と文学の交差点~』
12月31日(月)、1月1日(火・祝)前11:00~11:50 NHK-FMで放送予定。

詳細はこれから決まってくるようなので、追ってまたご報告したいと思う。

●その後の007祭り

『007 スカイフォール』迎撃に向けて、シリーズ過去作の見直しを始めた私たち。
手始めに、夫がベスト作品に挙げていた『サンダーボール作戦』について、ほとんど記憶がなかったため、
これを見直すことにしたのだが、いくつかの愉快なディテールを除くと、意外に退屈な作品であることが判明した。
「どうしてこれがベスト?」と夫を問い詰めると、「いや、クローディーヌ・オージェの胸の谷間が…」としどろもどろの返答。
どうやら、ボンドガールに幻惑された記憶がそのまま胸に刻みこまれていた、というのが真相らしい。
ただ、冒頭でスペクターの本部が映し出されるシーンと(どうやらこの本部はパリの7区にあるらしい)、
ジェームズ・ボンドが「ミンクの手袋」なる謎の小道具を使って女性を誘惑するシーンは個人的にツボであった。

そういうわけで、今後、007シリーズのベストが変動する可能性あり。こちらも追ってまたご報告。

  1. 2012/11/23(金) 23:58:56|
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007祭り

紫綬褒章騒動も終わってほっと肩の荷が下りた今日この頃。
我が家の次なるイベントは、来る12月1日に公開される007シリーズ最新作
『スカイフォール』を迎え撃つ「007祭り」である。

何を隠そう、夫も私もこのシリーズの熱心な愛好者。
特に夫は、ほぼリアルタイム?でシリーズ22作をすべて見ているほどのファンである。
二人で最初に見た映画も、確か007だったと記憶する。

『スカイフォール』は映画版第一作『ドクター・ノオ』が公開されて50周年の記念すべき作品にして、
監督サム・メンデス、撮影ロジャー・ディーキンス、悪役ハビエル・バルデム、主題歌アデルと強力な布陣。
予告編もやたらにスタイリッシュでカッコよく、すでに欧米では記録的なヒット街道を驀進中らしい。
これが盛り上がらずにいられようか。

ちなみに、夫のシリーズベスト3は

1位 ゴールデン・アイ
2位 ゴールドフィンガー
3位 サンダーボール作戦

1位が意外な気もするが、夫はとにかくピアース・ブロスナン好き。
「あのこぶしを顔の前まで振り上げる走り方がたまらなくいい」のだそう。
『ゴールデン・アイ』はこの疾走シーンを含む最初のシークエンスが素晴らしく、
他のシリーズではあまり出番がない00ナンバーのスパイ、006が登場するのもポイントが高いらしい。

私のベスト3はもっと一般的で

1位 ロシアより愛をこめて
2位 ゴールドフィンガー
3位 カジノロワイヤル(ダニエル・クレイグ初主演の2006年版)

80年代のロジャー・ムーア主演作はどれもいまひとつ、という点では夫と意見が一致している。
やっぱり007シリーズは60年代が頂点ではあるまいか。悪役でいえばスペクター。

無題

↑スペクターの首領、エルンスト・スタヴロ・ブロフェルドのトレードマークは白いペルシャ猫。
60年代の最初の2作では顔が映らないのがポイント。
その後のシリーズではテリー・サバラスからマックス・フォン・シドーまで、いろんな俳優が演じている。

P1040084a.jpg

↑スペクター風に猫を撫で撫でする夫。
だが、猫は和風の白黒、そしてなぜか犬も乗っていて、あまり悪の首領という感じはしない…。


  1. 2012/11/20(火) 18:07:33|
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受章リポート第二弾

さて、去る11月13日、午前中に褒章の伝達式を終えた私たちは、
昼食後、他の受章者の方々と一緒にバス3台に分乗し、如水会館を出発して、
拝謁のために皇居に向かった。以下の赤い線がそのルート。

koukyo1

一ツ橋からお堀に沿って南下して、坂下門から皇居内へ。距離にすればおそらく2キロ足らず。
あっという間に宮殿前の東庭に到着する。

皇居内は、携帯電話の使用も写真撮影も一切禁止なので、残念ながら画像はご紹介できないのだが、
この東庭というのは、よく新年の一般参賀のときにTVに映し出される、
日の丸の小旗を振る人々がひしめき合う、あの場所である。
眼前にそびえるのは宮殿の七つの棟のひとつ、長和殿。
新年に防弾ガラスの向こうで皇室の方々がにこやかに手を振っている、あの建物だ。

このお庭(というか私には広大な駐車場のように思えたが)で、拝謁の時間になるまでバスに乗って待機。
皇居内での自由行動は許されていないらしく、トイレに行くにも、必ず文部科学省の職員が付添うことになっている。

待つこと約40分、アナウンスが流れ、受章者と同行者が別々のグループになって宮殿内へ。
東西に長い長和殿の南端にある「南溜」から、拝謁が行われる二階の「春秋の間」へと階段を上がっていく。

こうして宮殿の内部を見学できたことは、私にとってこの日のハイライトのひとつだった。
これまでヨーロッパで見てきた宮殿は、どれも「これでもか」と権力を誇示するようなバロック建築だったが、
この宮殿は非常にシンプルでありながら、雄大なスケール感がある。
そしてこれは戦後に建設された、紛れもない近代建築なのである。

基本設計は吉村順三。彼の『火と水と木の詩 私はなぜ建築家になったか』という本にはこんな発言がある。
「日本の国というのは、昔からイギリスのキングみたいなものだとか、ルイ何世みたいなのが居たわけではなくて、
天皇といえども、庶民の生活とあまり変わらないので、資材もなく限られたスペースの中で、この日本の文化を造ってきたんです。
だから無手勝流というか要するに、できるだけ少ない材料で、最大の効果を上げようという(……)
そのような事が、近代建築の発生の原因と共通するものがあると思います。」

う~ん、なるほどね~、と好奇心丸出しで宮殿内部の様子を目に焼き付けながら、遅れないよう転ばないよう
(ここで転倒してまた肋骨でも折ったら大変)必死に歩いているうちに、春秋の間に到達。
伝達式と同じ要領で、前方に受章者、後方に同行者が並び、天皇陛下を待つ。

待つこと5分。向かって左側の巨大な障子がスルスルと音もなく開き、陛下がお出ましになる。
中央の壇で受章者にお祝いの言葉を述べられた後、陛下は受章者と同行者の前をゆっくり一巡し、
スルスルと音もなく開いた向かって右側の巨大な障子の向こう側へと、静かに退出されていった。
この間、おそらく10分足らず。非常に洗練され様式化された、祭祀的な雰囲気の漂う拝謁であった。

この後、皇室のアルバムと、菊の紋入りのお菓子を拝受して、またバスに乗り込む。
今度は北の乾門から出て、以下のルート↓で東京駅まで送っていただき、そこで解散。

koukyo2.png

こうして、ロラン・バルト言うところの東京の「空虚なる中心」の核心部を一巡し、
ふと気が付くと夕暮れの東京駅前に立っていた私たちは、
疲労困憊のあまり、『東京物語』の終盤で尾道へと帰る笠智衆と東山千栄子の心境になっていた。

P1050003.jpg

とにかく脳に糖分を補給しなければ、とリニューアルオープンしたばかりの東京ステーションホテル2階の
「TORAYA TOKYO」へ。あんみつと煎茶とマカロンを前にしみじみ語り合う。

「お父さん、今日は大変なことでしたなあ」(←なぜか尾道弁)
「わしらのような、吉祥寺に住む田舎のねずみのようなものがなあ…」
「こんな重たい褒章やら、お菓子までいただいて」
「わしらは、ええほうなのかもしらんな」
「ほんまに、ええほうですよ…」

『東京物語』では、このあと尾道に戻った東山千栄子は疲れのあまり倒れて帰らぬ人となり
笠智衆が「こんなことなら、もっとやさしゅうしておけばよかったと思いますわ」と述懐するわけだが、
私もなんだか、緊張と疲れで倒れてしまいそうな気がする。
その場合、夫は「やさしゅうしておけばよかった」と思ってくれるだろうか。思わないだろうなきっと…。

そして中央線で帰宅すると、長時間の留守番に飽きたハナちゃんによって、
タミーに「黄金のかぼちゃ賞」が授与されていた…。

P1040088.jpg









  1. 2012/11/17(土) 16:32:01|
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受章リポート第一弾

11月13日、夫の褒章伝達式、皇居での拝謁に同行してきた。

東京の西の郊外でひきこもり生活を送っている私たちは、およそフォーマルな場に縁がない。
したがって、まずはそうした場に何を着ていくべきなのか、リサーチすることから始めなければならない。
調べてみると、今回夫が受章した「紫綬褒章」は、勲章や褒章のなかでは最もドレスコードが緩く、
いわゆる「略礼装」でもなんとか許されることがわかった。

もちろん、フォーマル度を高めるに越したことはないのだろうが、
日頃やり慣れないことに無理をして挑戦すると失敗しそうである。
そんなわけで、夫は「ダークスーツ」、私は「タウンフォーマルスーツ」と分類される服装を
どうにかこうにか整え、伝達式が行われる竹橋の如水会館へと向かった。

2階の会場に続く階段を上っていくと、前方に人だかりができている。
その中心にいたのは、艶やかに色留袖を着こなした由紀さおりさん。
正装した人々が小さな歓声をあげながら、入れ替わり立ち代わり、
由紀さんとツーショットの記念写真を撮影しているのであった。

高まる緊張を抑えつつ、控室の指定の座席に夫とふたり着席する。
ふと左斜め前方を眺めると、そこにはどこかで見たような男性が。
ななななんと、モーニング姿の三浦友和さんではないか!
『アウトレイジ ビヨンド』の山王会会長の演技に深い感動を覚えていた私は、とっさに大胆な行動に出ることを決意。
由紀さおりさんとのツーショットがアリなら、三浦さんだってアリのはずだ! 

こうして、いきなり炸裂した妻のミーハー根性に呆れ気味の夫がシャッターを切り、
決死のお願いを笑顔で快諾してくださった三浦さんと共に写真に納まった私…。
しかし、後で写真を見たら、凛々しい表情の三浦さんの横に、喜びのあまり目尻が下がり、
なんともいえない「変なカオ」になった女が映っていて、複雑な気持ちに…。
この写真は家宝として秘蔵することにしよう…。
なお、三浦さんはお一人で、夫人は同行していなかったことをご報告しておく。

そんなこんなで大騒ぎしているうちに、いつのまにか伝達式の開始時刻に。
ホールの前方に受章者、後方に同行者が座り、まず国歌斉唱。
このとき、由紀さおりさんの歌声がひときわ朗朗と響き渡ったのが印象的だった。
続いて、文部科学事務次官による褒章と章記の伝達。
司会者が「○○殿」と名前を呼ぶ→返事をして立ち上がる→受賞理由が読み上げられる→
中央まで進み出て伝達、という流れで、滞りなく進行していく。

P1040983.jpg
↑名前を呼ばれて出ていく夫。正面には日の丸。受章理由は「多年小説家・詩人・文芸評論家として精進し
多くの優れた作品を発表してよく文学界の発展に寄与した」であった。

P1040990.jpg
↑伝達された褒章。ずっすり重みのある銀製で、裏に名前が刻まれている。

伝達式を終えて控室に戻るとお弁当が用意されていて、昼食休憩になった。
昼食後は、バスで皇居に出発するまでしばし自由時間。

長くなってしまったので、皇居での拝謁レポートは第二弾で!

P1040085.jpg
↑私たちが都心であたふたしている間、タミーとハナちゃんは仲良くソファで昼寝。

  1. 2012/11/14(水) 18:45:49|
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中国語で読む『川の光』

川の光翻訳 表紙

なんと!『川の光』に中国版が登場し、我が家に見本が何冊か送られてきた(写真右、2012年10月刊行)。

実は『川の光』は、2009年3月にすでに台湾版が刊行されている(写真左)。
出たばかりの中国版と比べてみると、微妙な違いがあって面白い。

たとえば、書き出しの部分。原文はこうなっている。

 静かだった。
 西の空はもうきれいな茜色に染まりはじめていた。川の水面はもうなかば土手の影に入って
いたが、西日を浴びてきらきら輝いている部分もあって、そのあたりに目をこらすと、水中に
転がる石や岩の回りで大小の渦を作りながら、水が意外に速く流れているのがわかった。いつ
のまにか空気が冷たくなっていた。


これが中国版の該当箇所。↓

中国語頭 001

こちらは台湾版。↓

台湾語頭 001

中国版は簡体字で横組み、台湾版は旧字で縦組み。
そもそも中国語と台湾語がどのように違うのかすらわからないままに、字面だけを眺めていると、
両方とも「なるほど…」と思えなくもないのだが、文章の組み立てがまったく違う。
タイトルからして、台湾は原作そのまま、中国は意訳的なアプローチをしているようだ。


なお、2冊とも登場キャラクターの相関図が掲載されていて、中国版はこんな感じ。↓

中国語人物図 001

こちらが台湾版。↓

台湾語人物図 001

チッチはどちらのバージョンでも「奇奇」だが、中国のタータは「塔塔」、台湾では「達達」。
グレンは中国では「紅蓮」、台湾では「葛倫」と表記されるらしい。
なお、私がこのなかで理解できる中国語は、左下のもぐらの発言「加油!」のみ。
これはたしか、「がんばれ!」という意味ではなかったか。

ともあれ、『川の光』が中国の読者にも愛されますように、と祈りつつ、
明日の授賞式(正式には「伝達式」らしい)に備えて早めに就寝することに…。





  1. 2012/11/12(月) 22:19:36|
  2. 川の光
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絵本の企画を思いつく

犬飼いの方ならおわかりだと思うが、この季節、散歩から帰ると、
犬に必ずといっていいほど付着している小さな粒々がある。



通称「イノコズチ」、正式には「ヒカゲイノコズチ」。
本州から沖縄、奄美にかけて分布するヒユ科の多年草。
(学名 Achyranthes bidentata var. japonica)
日陰を好み、8~9月にかけて開花し、秋に結実し、とげ状の小苞が
動物や人の衣服にくっついて散布していく。別名「ひっつき虫」。↓

P1040074.jpg

「あ~、またこんなにひっついちゃって~」とボヤきながら犬にブラシをかけ、
この実を取るいつもの作業をしているうちに、ふと絵本の企画を思いついた。

タイトルは『いのちゃん』。
いのちゃんは、イノコズチの実である。
物心ついたときから、公園の片隅の日陰に、大勢の兄弟たちといっしょにぎっしり実っていた。
一族の目標は「なんでもいいからひっつくこと」。
「はやくひっつきたいね」「はやくひっつきたいね」とイノコズチたちは語り合いながらずっと待っている。

そんなある朝、公園に散歩にきた一匹の能天気なゴールデンレトリバーが
イノコズチ一家の至近距離で地面を転げまわり、
いのちゃんと兄弟たちはこの犬に付着することに成功する。

帰宅した犬は「あ~、またこんなにひっついちゃって~」とボヤく飼い主によってブラシをかけられるが、
兄弟たちが脱落していくなか、いのちゃんは幸運にも犬の耳の後ろに隠れていたため、難を逃れる。
そこに「ピンポーン」とやってきた宅急便のお兄さん。
犬は仲良しのお兄さんに挨拶しようと喜び勇んで玄関に出ていき、お兄さんにグリグリ頭を押し付ける。
こうして、いのちゃんは新たな宿主にひっつくことに…

この先は無数のバリエーションが考えられる。
宅急便のお兄さん→近所に住む海洋生物学者が飼っているプードル→海洋生物学者→奄美大島の浜辺 とか
宅急便のお兄さん→通りすがりの子供→小学校で飼われているウサギ→ウサギ集団脱走→井の頭公園 とか。
ひっついた人が、現在公開中の『アルゴ』でベン・アフレックが演じたようなCIAの工作員だったら
中東にまで行ってしまう可能性もある。
日陰のない中東の風土には、いのちゃんはあまり適応できないかもしれないが…。

ともかく、冒険の旅を終えたいのちゃんは、どこかの片隅でひっそり芽吹く。新しい生命の誕生である。

ううむ、これはもしかしたらいけるかも。夫は「そのうち絵本でも書くかな~」などと言っていたし、
『いのちゃん』が『ぐりとぐら』や『はらぺこあおむし』みたいなベストセラー絵本にならないと誰に言えようか。

勢い込んで夫に企画を披露したら、なぜだかさほど気乗りしていない様子で、
「う~ん、アイデアはまあ悪くないかもしれないけど、タイトルにもうひと工夫必要だね」とのこと。
そうして夫が考えてくれた新タイトルは…『いのちゃんのいのち』

さすが作家。絶妙にキャッチ―なタイトルである。

だが、よく考えてみると、いのちゃん企画には難点がある。
いのちゃんは体長5ミリとあまりにも小さいため、擬人化も感情移入もしにくいのである。
フォルムも単調だし…これはある意味、致命的な欠点かもしれない…

というわけで、『いのちゃんのいのち』は一旦、棚上げにすることとし、絵本のアイデアを引き続き探求中。

しかし、もうすぐ授章式だというのに何の準備もできていない私。
こんなことを一生懸命考えているヒマは、実はないのではあるまいか…。



  1. 2012/11/10(土) 22:33:22|
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『川の光2』 Q&A第三弾



お待たせしました。Q&Aの第三弾(最終回)をお届けします。

●続編について

Q「川の光PART3」はありますか?(りりさん)
Q ズバリ川の光3そして外伝2の誕生はあるのでしょうか? (まやてつさん)

A 『川の光3』や『外伝2』はありません。続きを読みたいと言ってくださる方々がたくさんいらっしゃるようで、
本当に有難いことと思うのですが、『川の光』シリーズはもう打ち止めです。
ぼく自身が「それについては、また別の物語……」などと、何か思わせぶりなことを書いて、
いかにも期待を煽っているように受け取られているのかもしれません。
それはちょっとぼくの意図とは違うので、このご質問には、ここで少し詳しくお答えしたいと思います。

『川の光2』の連載終了後、ぼくは読売新聞に「連載を終えて」という文章を書きました(10月30日朝刊掲載)。
それは──
「……この物語にすっぽり浸りこんでいた一年二か月は、夢のように楽しい月日だった。
九月半ばに最後の数十回を集中して一気に書き上げたが、最終行に「終わり」と記したときには虚脱状態になり、
その後二、三日は茫然として何もできなかったものだ。この世界から立ち去らなければならないのが、
淋しくて悲しくてたまらなかったのである。/しかし、それで良いのだ。どんなにその内部にとどまっていたくても、
いずれは終わりが来ること、来ざるをえないことそれ自体も、物語というものの持つ本質的な魅惑の一つなのだから。」
──で、終わっています。しかし、実は原文にはこの後にさらに数行あり、
それは紙面のスペースの制約でカットせざるをえませんでした。

以下がその部分です。

「実際、終わりのない物語といったものがどんなに退屈か、考えてみればよい。
一つの物語が終わっても、また別の物語が始まる。
物語は無数にあり、わたしたちは皆、その錯綜した絡み合いのなかで生きている。
悲嘆と苦痛に満ちたこの現世での束の間の生を耐え易くしてくれる、大きな慰藉がそこにはあるのだ。」

松浦寿輝作『川の光』連作は、『川の光』『川の光 外伝』『川の光2 タミーを救え!』の3冊で終わり──
そういうことでよいのではないでしょうか。
「また別の話」は無数にありうるのだけれど、それは別に、語られなくてもよいのです。
むしろ語られないほうがいいような気がします。
あるいは、誰か別の人が代わって書いてくれるというのでもいいと思います。

ぼくにとって、これまで読んだなかで最高の本は何かと訊かれたら、アーサー・ランサムが書いた
12冊の冒険物語──『ツバメ号とアマゾン号』に始まり『シロクマ号となぞの鳥』に終わる
「ランサム・サーガ」だと、躊躇なく答えます(岩波書店刊)。
これは本当に本当に、素晴らしい12冊なんですよ。

ところで、その第1作である『ツバメ号とアマゾン号』のラストで、
夏休みを終えようとしている子どもたちが、次の冒険について語り合う場面が出てきます。
冬じゅう計画を練って、次の夏休みにはもっと素晴らしいことをやろうよ、と。
「北極」に行ってもいいし、「南極」の探検もいいなあ、などと
(子どもたちが空想のなかで「北極」や「南極」に見立てたもののことですが)。
金鉱探しに行くのも面白いぞ、とか。そして、ナンシイ船長がさらに付け加えてこう言います──
「南にいくんだったら、カヌーをもってかなくちゃならないわ。早瀬をくだるんだから。
そうすると海に出るのよ。いろんな事件がおこるわよ。ひょっとしたら船だって手にはいるわ。」
この彼女の言葉は、ずっと、ずうっと、長い間ぼくの頭に取り憑いて離れませんでした。
今でもこの言葉を、ときどき胸苦しい気持ちで思い出します。
というのも、ここで話題にのぼったさまざまな計画のうち、「北極探検」は第4作の『長い冬休み』で、
「金鉱探し」は第6作の『ツバメ号の伝書バト』で、それぞれ実現するのですが、
子どもたちが湖尻から流れ出している川をカヌーで南にくだって、海に出るという筋書きの物語は、
結局ランサムによって書かれずに終わったからです。

中学生から高校生にかけて、この12冊の「サーガ」を何度も何度も、はしばしの文章を暗記してしまうほど、
繰り返し繰り返し読んでいたぼくは、その「カヌーくだりの物語」を、ああ、何と読みたかったことでしょう!
もうランサムがとっくのとうに死んでいて、その物語がもはやこの世にありえないという冷厳な事実が、
とんでもなく不当で、赦しがたいほど理不尽なことのようにさえ思われたものです。
実はランサムは死ぬ前にもう1冊、13番目の物語を書こうとしていたらしくて、
それがその物語だったのかもしれません。

しかし、今、ぼくはこう思うのです──「書かれることのなかった物語」が残っているということ、
それは何と素晴らしいことではないか、と。だってそれは、書かれなかったからこそ、
ぼくたちの夢のなかでいつまでも輝きつづけてくれるのですから。
未知のものがどこかにあること、測量されない場所、完成しない地図があること、
それは素晴らしいことなのではないでしょうか。
グローバル化が進んで、世界中にナビゲーションシステムが張り巡らされ、
迷子にさえなれなくなってしまった今、世界に「空白」が残っていることの貴重さが、
なおいっそう輝かしいこととしてぼくの心に迫ってきます。

ぼくは実は、この「カヌーくだり」の物語を自分で書こうと考えたことさえあります。
23歳のとき、イングランドの湖沼地方のウィンダミア湖に行ってみたのも、その「ロケハン」みたいな
気持ちがないわけでもありませんでした(しかし、ランサムが物語の舞台のモデルにしたウィンダミア湖には
実は南端の湖尻から流れ出す川は実在しないのですが)。
そういうのは、ランサムファンの誰もが考えることのはずで、ぼくはじっさい、
ランサムの熱狂的な読者の一人がそういう「模作」「偽作」を実際に書いてしまって出版したという記事を
昔どこかで読んだような記憶があるのです。その後、どう検索してもそういう書物は発見できないので、
ぼくの偽の記憶だったのかなあと今では考えていますが。
読者の皆さんのうち、どなたかが『川の光』の続きを書いてくださってもいいですよ、と先ほど言ったのは
そういう意味なんです。

結局、『川の光』全3冊のこの物語自体が、「ぼくの読みたい物語がこの世に存在しないのなら
いっそのこと自分で書いてしまおう」という、若いころふと頭をかすめたこの夢想が、
この歳になってようやく実を結んだということなのかもしれません。
ぼくのなかで、『川の光』3冊の丸々全体の萌芽は、つまるところ、ナンシイ船長のこの
「南にいくんだったら、カヌーをもってかなくちゃならないわ。早瀬をくだるんだから。
そうすると海に出るのよ。いろんな事件がおこるわよ」
という、このほんの2行ほどの言葉の中にあったのかもしれません。
「いろんな事件がおこるわよ」──なんと、わくわくさせてくれる言葉ではありませんか!

これでご質問への答えになっているかどうかわかりません。ただ、こんなふうに説明すれば、
アーサー・ランサムのこの「書かれなかった物語」──“カヌーで南にくだって海に出る”という
この「実現しなかった冒険計画」が、『川の光2 タミーを救え!』のラストシーン
(タータとチッチがフリスビー盤の〈川の光〉号での川くだりを夢見るシーン)に呼応していることに、
お気づきになっていただけたかと思います。

●今後の仕事について

Q 次の連載などは考えていますか? (ねこゆめさん)

A 小説の新連載の企画はいまのところありませんが、
『文學界』に隔月で連載中のエッセイ「黄昏客思」と、
朝日新聞に月1回掲載されている文芸時評はまだ続きます。

それから、2013年春あたりに、本が3冊出ることになっています。

『新潮』の5年間にわたる連載をまとめた『明治の表象空間』(新潮社)、
退官記念講演と最終講義を採録した『波打ち際に生きる(仮題)』(羽鳥書店)、
詩をめぐる講演と短文を集めた『詩の波 詩の岸辺(仮題)』(五柳書院)。
『川の光2』は、それから少し遅れて、来年の半ばくらいの刊行になる予定です。

(刊行記念のサイン会などがあったら、今度はぜひタミーも参加したいと言っています! お楽しみに!)




  1. 2012/11/05(月) 21:48:12|
  2. 川の光
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夫が紫綬褒章を受章

夫が紫綬褒章を受章することになった。

タミー「しじゅほうしょう?」(←なんだかよくわかっていない)
私「シジュホウショウ…」(←字が書けないことに気がつき愕然としている)
ハナちゃん「まったく、ものを知らない人たちねえ…紫綬褒章でしょ」
何にせよ、大変な名誉であり、かつ有難いことである。
そんなこんなで、ここしばらく、取材の記者さんが見えたりなどして、我が家はバタバタしていた。


↑取材にいらしたK通信の記者さんがすっかり好きになり、甘えて仕事を妨害するタミー。

受章が決まるや否や、豪華カタログが何冊も送られてきたり(掲載商品はすべて菊の紋入り)
「祝賀会を開きませんか?」とホテルの営業の方が笑顔でやってきたりして、
なんだか芥川賞や三島賞や読売文学賞のときとは微妙に雰囲気が違う。

私が即座に考えたことといえば、皇居でチッチとタータを盗撮できないものか? やっぱり無理だろうなあ…とか、
三浦友和さんも受章、ということは百恵さんに会えるのか? など、ひたすらミーハー路線。
いけないいけない、受章者の妻にふさわしく、威厳を保たなければ…。

しかしとりあえず、11月13日の褒章式には私も同行できるらしいので、滅多にない体験でもあり、
ブログでリポートしてみようと思うのでお楽しみに!

そしてQ&A第三弾も、追ってアップしますのでこちらもお楽しみに!

P1040974.jpg

  1. 2012/11/03(土) 10:43:44|
  2. 川の光
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『川の光2』 Q&A 第二弾



Q&A その2 (その3まで続きます)

●執筆について

Q 作品を書くときに、どのような過程で進めるのですか。
ノートに大まかなあらすじを立ててしまうとか、イラストを書くとか、パソコンにキャラクターを入力しておくとか。
どこでもっともアイデアが浮かびますか? また、作品を書いている時に、決まってなさっていることがあれば、教えて下さい。
音楽を聴くとか、風景を観るとか・・・。場所は、執筆専用のお部屋があるのですか。
あるなら、ぜひ、作品の生み出された机なども見せて下さい!(あきさん)

A いきなりパソコンで作文するという野蛮なやり方ですねえ。
アイデアがよく浮かぶのは、風呂に入っているときとか、散歩をしているとき。
書いているときは、ときどき気晴らしに煙草を吸ったり、コンピューター相手にチェスで遊んだりします。
執筆用の部屋は、少し前に『新刊展望』という雑誌に取材されたことがあって、まだネットで見られます。
http://www.honyaclub.com/shop/contents2/tenbo12_sousaku.aspx
(ただし、この写真に映っているコーナーは、撮影のためにあわてて片付けたので、
実際はこんなにすっきりしていないことをご了承ください…IZUMI)

Q 執筆時と読者が読む時差はどれくらいですか?(例えば今日の小説は何日前に執筆されたものですか?)
現場ロケ先での発想で物語の展開に筋書き変更はあったのですか? 
『川の光2』の執筆中に、「こんな苦しい思いをするなら生まれてくるんじゃなかった」
と思ったことはありましたか? (ビス丸のファンさん)

A 締め切りに関して最悪の事態に陥ったことが何度かあって、
そのときは、3日後の朝刊に掲載予定の原稿が書けていませんでした。
文章の入稿だけなら3日前でも十分間に合うのですが、何しろ挿絵を描いていただく必要があるので。
そのたび島津和子さんには本当にご心配、ご迷惑をおかけしました。
ただ、こういう切迫した状況になったのは、たぶん他の締め切りと重なっていたせいで、
『川の光2』自体の執筆で苦しんだことは一度もなかった。ずっと楽しみながら書いていましたから。
最後の40回くらいは、まとめて一気に書き上げました。
春先にロケハンをして以降は、筋書き変更はなかったと思います。
ただ、レインボーブリッジの遊歩道が予想よりずっと殺伐とした場所だったのが面白かった。
連載ではレインボーブリッジを渡るシーンはぱっと省略してしまって、
あの怖さがほとんど書けなかったので、本にするときに加筆したいと思っています。

●タミーについて

Q タミーちゃんが先生のお家にやってこなければ、この物語は生まれていなかったのでしょうか?(ぺぺさん)

A ご指摘のとおり、タミーを飼っていなかったら、『川の光』も『川の光2』も生まれていなかったでしょう。

Q ずばり、先生とIZUMIさんにとってタミ―とは何ですか?
小説タミ―と実在タミ―に違いはありますか?(匿名希望さん)

A タミーというアホ犬は、一種のギフトというのか…。ぼくらの人生への、天からのギフトでした。
奇蹟的と言ってもいいようなギフト。
馬鹿々々しいようだけど、そういうことが起こるんですねえ。ほんとうに驚きました。
『川の光』に出てくるタミーは実在のタミーそのままです。
(タミーは天使です。ただし、たまに盗み食いをしたり、意地になってボールを放さなかったりしますが。IZUMI)

Q 現実でも作中でも、なぜタミーちゃんは「ぼく」と話すのでしょうか。
実物のタミーちゃんが「ぼく」と言っているような感覚があるのでしょうか。(Ernteさん)

A そうなんです。タミーは女の子なのですが、日頃「ぼくは、ぼくは」と言っているので、そう書くしかないんです。

Q 川の光でも、2でもタミーには逃亡癖がありますが、実際のタミーちゃんも、
お庭に秘密の穴掘って奥様や先生に内緒で一人で散歩に行くんでしょうか?? (ハナちゃんさん)

A このブログでも話題になっていたと思いますが、今年の夏、雷にびっくりして逃げ出したのがきっかけで、
数回脱走が続き、一度などお巡りさんに保護されて帰ってきたことがあります。
さすがに穴まで掘ったことはなくて、網戸をこじあけて脱走していたんですけどね。
ありがたいことに、最近はすっかり治りました。

●その他

Q 「川の光を求めて!」この素敵な言葉は、確か図書館ねずみのグレンが最初に発したと思いますが、
どうやって生み出されたのでしょうか?(匿名希望さん)

A グレンはこの言葉を口にしたとき、コンクリートの図書館という人工的な空間で幽閉状態になって暮らしていました。
そこに川からやってきたネズミの親子たちが迷い込んで、彼のやむにやまれぬ郷愁を刺激した。
「川の光を求めて!」は、詩人グレンの魂の叫びだったんです。
それがシリーズ全体を象徴する合言葉になっていったわけですね。
ちなみに、『川の光』シリーズに登場する2人の詩人、グレンと地下鉄サムは、どちらもぼくの分身なのですが、
グレンは伝統的な詩情の側に立ち、サムは実験的な前衛詩人を標榜している。
詩人松浦は言ってみれば、この2匹の間で引き裂かれているんですよ。
グレンとサムが対面したら面白いでしょうねえ。たまたまどこかの飲み屋で隣り合わせるとか(笑)。
何気なくカウンターの向こうを見ると、お福婆さんがしれっとした顔でそこのママをやってたり(笑)。
掴み合いの喧嘩になるかもしれないし、最悪の場合、サムがグレンを丸呑みにしちゃう可能性もありますけど(笑)。

Q 島津和子さんの挿絵も毎回楽しみでしたが、先生から挿絵のシーンを指定したりするのでしょうか。(Ernteさん)
Q 島津和子さんの全挿絵を見る機会や挿絵集などはないのでしょうか?(匿名希望さん)

A 島津さんにすべてお任せして、思う存分自由に描いていただいていました。
東京タワーやスカイツリーをはじめ、あちこち取材にも行ってくださったようです。
全挿絵を見る機会は、残念ながら、いまのところないんじゃないかな。
いまは各地に小さな美術館がたくさんできていて、箱はあるのにソフト不足なわけだから、
どこかで島津さんの〈川の光〉展をやってくれればいいと思うんですけどね。
うちの近所の吉祥寺や三鷹にも、そういう小ぢんまりした気持ちのいい美術館がいくつもあるのになあ。



  1. 2012/11/01(木) 10:44:41|
  2. 川の光
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