川の光日記

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川の光2、いよいよ佳境に!



うだるような炎暑のなか、またしても意識を失っているうちに、
『川の光2』の動物たちが、ついにレインボーブリッジで再会を果たし、全員集合した。

「よし、行くぞ!」と叫んで後足で立ち上がったマクダフが気合いを入れる。
「えい、えい、おう!」
すると残りの4匹と2羽も「おう!」と唱和する。

思い起こせば10か月前、最初にタミーの救援部隊が武蔵野の犬島に集合したときにも、
マクダフは片方の前足を突き上げて「えい、えい、おう!」と叫んだのだが、
そのときは誰も唱和してくれず、マクダフの声は宙に浮いてしまっていたのだった。

この間、動物たちは離散集合しながらさまざまな体験をして成長し、
いつのまにか強い絆で結ばれるようになったのだ。
10か月の間、ブログを書きながら見守ってきた私としても、じ~んとせずにはいられない…。

しかし、「七人の侍」だ、「ダーティ・セブン」だといつまでもはしゃいでいるわけにはいかない。
最大の試練は、これから皆で攻略する江東区の倉庫なのだから。

それにしても暑い。
そういえば、3週間前の七夕の夜、タミーの短冊を見たら、へたくそな字でこう書いてあった。

ことしのなつは、あまりあつくなりませんように たみー

星への願いはむなしかったね、タミー…。

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  1. 2012/07/31(火) 21:55:55|
  2. 川の光
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『おおかみこどもの雨と雪』について、狼の視点で考える



常軌を逸した暑さのため、しばらく失神していたので、ブログの更新を怠ってしまった。
いまこうしていても、明らかに体温より外気温のほうが高い。
砂漠がルーツで、犬や人間よりは暑さに強いハナちゃんですら、こんな状態↑だ。
昨日の夕方のスコールといい、日本は間違いなく熱帯化している。
ハクビシンどころではない、奇天烈な熱帯の生物が庭に出現する日もそう遠くない。

しかし、タミーや夫のようにクーラーで冷やした部屋に息をひそめて引きこもっているわけにはいかない。
先日見た『おおかみこどもの雨と雪』について、煮え煮えの頭でがんばって考察してみようと思う。

imagesCAI5MW00.jpg

現在、大ヒット中の本作の評判をネットで検索してみると、
アニメとしてのクオリティの高さについては大方の感想が一致するものの、
ストーリーや脚本に関しては、絶賛派から懐疑派まで、かなりトーンの異なる意見が散見される。

「おおかみおとこ」に出会って恋におち、「雨」と「雪」という二人の子どもをもうけた主人公のハナが、
パートナーを亡くし、田舎に引っ越して子育てを始める…というのが大まかなあらすじ。
懐疑派は主に、「子育ては一人でできるものじゃない」「なぜ主人公はあんなに孤立無援なの?」と、
シングルマザーの描き方に不満を感じているようだ。

実を言えば私も、最初はヒロインの過酷な労働と孤立に、同じ女性として若干の違和感を感じた。
なにしろこのお母さんは、ヒトでもありオオカミでもある2人の子どもを育てながら(つまり手間は通常の二倍)、
廃屋同然だった田舎の一軒家をたったひとりで修繕し、畑を耕してジャガイモその他を収穫し、
家事全般をこなし、そのうえパートで働くのである。断言するが、私だったら3日もたないと思う。

しかし、よく考えると、この孤立無援ぶりにはそれなりの理由がある。
このお母さんはただの人間の子どもを育てているのではない。
二人の子どもは、半分は野生のオオカミだから、興奮すると四足の獣に変身し、本能にかられて狩りもする。
オオカミと暮らしている人間を支援するのは、実際問題、なかなか難しいと思う。

マーク・ローランズの『哲学者とオオカミ』(白水社)を読むと、オオカミと暮らすのがどんな感じかよくわかる。
『哲学の冒険』などのベストセラーもあるこの哲学者は相当な変人で、20代の終わりに、オオカミと同居を始める。
肩の高さ90センチ、体重68キロに成長したオオカミは、留守番をさせると家を文字通り破壊してしまうので、
大学にも連れて行き、教室の隅に座らせておく。退屈してくるとオオカミは遠吠えを始める。



この人は筋金入りの人間嫌いで、自分もその一員である「サル」の邪悪さ、計算高さに嫌悪を感じ、
オオカミの「今、ここ」だけを生きるシンプルなあり方に魅せられて、次第に人間社会と没交渉になっていく。
オオカミが11歳で死んだときは、しばらくショックで立ち直れなかったらしいが、
その後、ひとりの女性に出会って父親になり、社会復帰を果たした経緯があとがきに書かれている。

つまり、一回「人間を捨てた」状態にならなければ、オオカミと暮らすことはできないのだ。
『おおかみこども~』のヒロインは、ある意味、孤独な生活を選ぶしかなかったのかもしれない。
「雨」は11歳、「雪」は13歳で自立していくのだが、これも動物の寿命を象徴しているようで興味深い。

ちなみに、『おおかみこども~』で私が最も感動したのは、一面の雪原を親子3人が駆け回る場面。
私が思うに、この世の最高の幸福のひとつは、何もかも忘れて犬と一緒に雪のなかで遊ぶことである。
その無垢な多幸感が見事に表現された名シーンに、思わず涙がこぼれた。



  1. 2012/07/27(金) 16:25:05|
  2. 動物の映画
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隅田川と落語

『川の光2』で、ネズミたちが隅田川を下ろうとしているちょうどそのとき、
WOWOWで立川談春の「文七元結」を見ていて、ハタと気が付いた。
この噺は、まさにいまチッチとタータとマルコの3匹がウロチョロしているあたりが舞台ではないか。

最近「落語」と「地図」がマイブームの私。
川の光にも動物にもあまり関係がないのだが、
そんなわけで今回は「文七元結」話にお付き合いのほどを…。

歌舞伎にもなっている有名な人情噺なので、ご存知の方も多いと思うが、
「文七元結」は、左官の長兵衛が、日本橋の鼈甲問屋、近江屋の手代の文七に、
自分の娘が吉原に身を沈めて作った50両をあげてしまう、という噺である。
文七は、水戸屋敷に掛取りに行った50両をなくしてしまい、吾妻橋から身投げしようとしていたのだ。

このふたりの主要人物の行程を地図に書き入れてみるとこうなる。

bunnsichi3

の行程が長兵衛さん。吉原(現在の台東区千束4丁目)で娘の身代金を受け取り、
本所達磨横丁(現在の墨田区東駒形1丁目)の長屋に帰る途中、
吾妻橋にさしかかったところで、欄干から身を投げようとしていた文七さんに出くわす。

の行程が文七さん。小梅の水戸屋敷(現在の墨田公園)で50両を受け取り、
日本橋横山町の近江屋まで帰ろうと、枕橋(タータたちもくぐったと思われる
隅田川との合流点近くの北十間川にかかる橋)を通りかかると、怪しい男にぶつかる。
ふところを確かめると金がない。
絶望して吾妻橋から飛び降りようとしていたところを長兵衛さんに助けられる。

噺のメインの舞台は、暮れも押し迫り行きかう人もない夜の吾妻橋。
いくら自殺を止めるためとはいえ、娘がわが身を犠牲にして作ってくれた50両を、
なぜ見ず知らずの男にポンとくれてやってしまうのか。
「普通、しないよね、そんなこと…」というこの行為に、いかにして説得力をもたせるか。
そこが落語家の腕の見せ所になる。

あれこれ聞き比べてみた。いちばん丁寧に演じているのは、やっぱり六代目圓生。
圓生の長兵衛は、50両をあげてしまう前に「30両にまからないか」などと散々迷う。
その路線を引き継いで、より艶っぽく、くすぐりも増やして演じているのは志ん朝。
どちらも名人芸なのだが、このふたりの解釈だと、
「長兵衛が江戸っ子で善人だから惜しげもなく50両あげてしまった」というニュアンスになる。

いっぽう、立川流の解釈は少し違う。
談志によると、長兵衛は別に善人ではなく、身投げすると言い張る男から逃げたい一心で
後先考えずに大金を投げ出してしまった、という分析になる。
弟子の談春は、この解釈をさらに発展させて、
「博打で身を滅ぼしかけている長兵衛による最後の大博打」として演じているような気がした。

ついでに、長兵衛が吉原から吾妻橋まで家路をたどるくだりの地の語り
「大門をそこそこに、見返り柳を後に見て、
道哲を右に見て、待乳山聖天の森を左に見、
山ノ宿から花川戸、左へ曲がる吾妻橋」
この名調子を地図上で再現してみた。

1chobee

吉原の見返り柳
道哲 吉原の遊女の投げ込み寺として知られた西方寺。現存せず。
道哲という名前の住職がいたのでこう呼ばれたとか。
待乳山聖天 「まつちやましょうでん」と読む。現在もこの場所にあるお寺。
山ノ宿 江戸時代の町名。現在は花川戸1,2丁目に併合されている。
吾妻橋

この調子ですっかり落語にハマっているため、このところ話し言葉が
「するってえと何かい?」とか「てやんでえ、このすっとこどっこい!」とか
どこか嘘くさい江戸っ子調になってしまい、夫をうんざりさせている私であった…。


  1. 2012/07/23(月) 19:52:57|
  2. 日記
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猛暑が一段落する



こんにちは、タミーです。
このところ、ものすごく暑い日がつづいて、ほんとうにつらかったね。
ぼくは毛がたくさんはえてるし、汗がかけないから、夏はへばっちゃうんだ。
ときどき、炎天下に犬を連れてアスファルトの道を歩いているひとがいるけど、
あれはやめたほうがいいとおもうよ。犬がねっちゅう症になっちゃうからね。

今日は涼しくなって、なんだか生きかえったみたいな気もちだね。
お父さんとお母さんも、ゾンビみたいに家の中をふらふらしてたのに、急に元気になって
部屋をかたづけたり、しごとの計画をたてたりしはじめたよ。

「ああ、久しぶりにぐっすり眠ったなあ」
「天気予報によると2,3日は涼しいみたいだから、この貴重な時間を活用しないと…」
「いよいよ『明治の表象空間』のまとめに取り掛かるとするか…」
「そう言い続けてもう2年になるよ。そろそろ本当に始めないとまずいよ」
「よし、まずは気合いを入れるかな」
「きあい?」
「僕の場合、あえて言えば克己心がウィークポイントでしょ。
だから紙に『克己』と大書して、壁に貼っておくといいと思うんだよね」
「……」
「そのためにはまず、行方不明の墨と硯を探し出さないとなあ」

このあと「ディテールから入るのはいい加減やめんかい!」ってお母さんが叫んで、
お父さんの頭をはりせんでバシッてたたいてたよ。

うちのお父さんとお母さんの場合、落語の「芝浜」みたいな泣かせる展開にならずに
漫才っぽくなっちゃうのはなぜなんだろうね?

あ、そんなことを言ってるうちに、雨がすごいいきおいで降ってきたよ。
ぼくも長い夏をのりきるために、ぐっすり寝ておこうっと…





  1. 2012/07/20(金) 23:40:33|
  2. 日記
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猛暑のなか、川についてさらに考察

殺人的な暑さのなか、人も犬も猫もぐったりしている。
頭のなかがグツグツ煮えていて、何も考えられない。

この数日の我々夫婦の会話はこんな感じ。

「あ」
「あ、あ、」
「あ…」(弱々しい身振り)
「ああ…」(力無い身振り)

『千と千尋の神隠し』の“顔ナシ”がふたり向かい合って
なんとか意志を疎通させようとしている。そんな感じである。

少しでも涼を呼ぶべく、引き続き川について考察してみたいと思う。

『川の光2』では、これまで北十間川沿いに歩いてきたネズミたちが、
「樋門」までたどりつき、川の流れを利用して、水路で隅田川に出ようとしている。
地図でルートをたどってみると、こうなる。

3skytree map

この「樋門」(下の写真参照↓)は、隅田川と北十間川の水位を調整するため設けられたものなんだそう。
東京の地形図を見ると、隅田川の東側は、西側よりさらに海抜が低くなっている。
隅田川のほうが北十間より水位が高いのだ。

kitajyukkengawa.png

ここを船が通れるようにすれば、スカイツリーと隅田川を水路で行き来できて、観光客に受けるような気がする。
実際、墨田区にはそうした計画もあるようなのだが、大がかりな工事となり、すぐには実現不可能らしい。

ここを過ぎると、北十間川はこんな風景になる。
右に見える線路は東武伊勢崎線。

P1020736.jpg

それにしても、武蔵野の牧歌的な川辺で暮らしていたネズミたちが、
スカリツリーの展望台に上り、隅田川を下ろうとしていると思うと、感慨深い…。

  1. 2012/07/17(火) 12:01:51|
  2. 川の光
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江戸の川を想う



暑い…

P1030111.jpg

どっちを向いても暑いものは暑い…

P1030115.jpg

ハナちゃんも日陰に陣取って涼んでいる。
猫が風通しのいい場所を見つけ出す能力には侮れないものがあり、
夏の居場所をチェックしてみると、必ずそこにはいい風が来ているのだった。

あまりにも暑いので、せめて頭のなかだけでも涼しくなろうと思い、
東京の川について考えてみることにした。
ちょうど『川の光2』では、ネズミたちが東京スカイツリーのおひざ元、
北十間川の周辺をうろちょろしているところだ。

ちなみに、東京スカイツリーと北十間川と隅田川の関係はこんな感じ。

skytree map1

P1020730.jpg
↑スカイツリー直下の北十間川。河岸がきれいに整備されている。

この川についてちょっと調べてみた。
北十間川は、隅田川と荒川水系の旧中川を東西に結ぶ運河。万治2年(1659年)に堀削され、
本所の北にあって、幅が十間(約18m)だからこの名がつけられた。

150px-100_views_edo_032.jpg
↑広重が描いた北十間川。

東京の隅田川から東側の地図を見ると、いまでもこういう運河が
縦横に網の目のように張り巡らされているのがわかる。
陣内秀信先生の名著『東京の空間人類学』によると、江戸時代、江戸の下町は、
イタリアのヴェネチアにも比べられるほどの魅力に富んだ水の都だったという。
江戸の後半期に入って都市が発展すると、それまでは周縁だった隅田川は
次第に江戸の内側に取り込まれていく。「隅田川の木陰と広い水辺のパノラマは、
窮屈な日常性からの解放を求める上で、もってこいの舞台となった」。

明治時代に東京は「水の都」から「陸の都」に転換し、
その後、関東大震災や戦災で打撃を受けた下町は、昔の水辺の華やぎを失ってしまった。
だが、東京スカイツリーの開業で、この北十間川が脚光を浴びているだけでなく、
最近はカヤックやボートで東京の水路をめぐるのが流行っているという話も聞く。
この勢いで東京の水路がさらに整備されて、水の都の雰囲気が戻ってくると素敵なのだが。

しかし、今年の夏は、この程度の暑さでは終わらないのだろうなあ、きっと…(ため息)



  1. 2012/07/14(土) 23:43:05|
  2. 川の光
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蔦屋書店でミニトーク&サイン会



このところ、なにかと『川の光』関係のニュースがあるので、連日ブログを更新している。
昨日は、代官山の蔦屋書店で、『川の光 外伝』の発売に合わせた
ミニトーク&サイン会が行われたので、同行して取材してきた。

TSUTAYAの「T-SITE」は、昨年のオープン以来話題になっていた大人のための総合カルチャー施設。
すっかり引きこもりと化していた私は今回始めて見てまわることができて、そのお洒落さに驚嘆した。

書店として素晴らしく充実しているだけでなく、映像と音楽のフロアにもコンシェルジュがいて、
かなりマニアックなタイトルも入手できそうな気配。文具コーナーやトラベルデスク、
そして雑誌のバックナンバーなど30000冊の蔵書を誇る居心地のいいラウンジもある。
こんな施設が吉祥寺にあったら、毎日入り浸ってしまいそうだ…。

そんな素敵な書店の一画で行われた『川の光 外伝』のイベントは、
カリスマ書店員として知られ、現在は蔦屋書店・文学部門のシニア・コンシェルジュである
間室道子さんが企画してくださった。30分ほどのミニトークのあとサイン会という流れで、
愛犬の写真を見せてくださる方や、『川の光2』の切り抜き帖持参の方もいて、
夫は「意外に二枚目ですね」などと異例なお褒めのお言葉までいただき、感激していた。

P1030107.jpg

P1030108.jpg

以下、ミニトークの内容をかいつまんでご紹介。

『川の光』は、体験から発想した物語
8年前まで、僕ら夫婦は三鷹市牟礼1丁目の中古の木造一戸建に住んでいました。
この家は玉川上水のすぐ近くにあって、玄関を出て十数メートル歩けば上水の遊歩道に出られたし、
家の裏手は広い栗林でした。
そんな環境にひかれて移り住んだ家だったのですが、実はこの家の敷地は、東京都の「放射5号線」という道路の
建設計画に入っている土地だったんです。むろんそれを知っていて買った家なんですが、
まあこの不況下で、大掛かりな新設道路なんてまず半永久的に実現しまいと思いこんでいました。
ところがこの道路計画が、ある時点以降ついに動き出してしまった。裏の栗林は切り倒されるし、
周囲の家も一軒また一軒と立ち退いて更地になっていく。
仕方がないので、僕たちも道路公団による土地買収に応じて、
現在も住んでいる吉祥寺の家に引っ越すことになりました。
ちょうどそのころ、新聞の連載小説をやらないかというオファーがあった。
そこで、この体験を、川辺に住む小動物を主人公にした物語に投影して書けないかと考えたわけです。
チッチとタータは、実は僕と家内の分身でもあるわけです。

書き出しには、かなり悩みました
ご存じのように、僕がそれまで書いていた小説は『川の光』とはまったく作風が違いますし、
そもそも新聞小説でネズミが主人公なんて前代未聞(笑)で、果たしてOKが出るのか、
提案しながらも半信半疑だったんですけれども、読売新聞の文化部には洒落っ気のある方々がいらして、
「それで行きましょう」ということになった。それでも、第一回の書き出しにはかなり悩みましたね。
この物語をどのように始めればいいのか、迷いに迷いました。普段はパソコンのワープロで書いているのに、
わざわざ原稿用紙に手書きしてみたり、試行錯誤しました。
そのうちに、川辺の草むらにだんだん近寄っていくと、小さな毛のかたまりがふたつ見えてくる…
というあの書き出しが浮かんで、それから後は最後まで楽々と進行しました。
書いている間、これほど楽しかった原稿もない。
おかげさまで読者にもご好評をいただいて、新聞の連載小説としては異例なほどのお便りをいただきました。

続編を書くつもりはなかったんです
『川の光』の連載が終わったときは、これはこれで完結した物語だと思ったので、
続編を書くつもりはありませんでした。
『川の光』は、「だが、わからないものである。やがてタータたちは、三匹で力を合わせてやり遂げた
川を遡る移住の旅とは比べものにならないような、もっともっと凄い、胸躍らせる大冒険に
身を投じることになるのだから。それはしかし、また別の物語だ。」という思わせぶりな一節で終わりますが、
こういうエンディングはまあ言ってみれば、あらゆる物語のお約束みたいなものですから。
ところが、吉祥寺に引っ越してきてから、僕は『新潮』という雑誌で「明治の表象空間」という連載を始めまして、
結局5年がかりの連載になり、その間、明治時代の文献を大量に読み、毎月のように締め切りに苦しむ生活が続いたんです。
この辛気臭い仕事が終わったとき、ほっとするのと同時に、気分転換がしたくなった。
そのときに、『川の光』の続編をまた書かないかというお話をいただいたんですね。
「外伝」の短編を書き始めたのもこのころです。

犬が主要キャラクターの『川の光2』
吉祥寺の家に越してきてから、僕たちはタミーというゴールデンレトリバーを飼い始めました。
それまで僕は完全な猫派で、犬については子供のころ実家で飼われていた秋田犬の記憶があるくらいで、
犬がどういう生き物かよくわかっていなかったんです。ところが実際に一緒に暮らしてみると、
これは実におもしろい動物で、気持ちがあたたかいし、さっぱりしていて単純で、猫みたいな気取りがないし
――猫の気取りは、ご存知の通りそれはそれで本当に魅力的なんですけれども――
ひと言で言うと「いい奴」なんですね。そういうこともあって、『川の光2』にはビス丸とマクダフという、
体の大きさも性格も対照的な二頭の犬が、重要なキャラクターとして登場することになりました。
タミーも登場しますが、彼女は前作と同じく、メインキャラクターというよりは脇役です。
『川の光』のチッチとタータ、スズメのリルとクマタカのキッド、二頭の犬、そしてネズミのマルコの
計七匹の動物たちが、『七人の侍』というか、『荒野の七人』というか、ともかく救援部隊となって、
現在も連載は進行中です。十月末で完結する予定ですので、それまで引き続き応援していただけたら、こんな嬉しいことはありません。



  1. 2012/07/11(水) 18:17:09|
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自分の記事に、タミー大興奮!

昨日アップした地図がわかりやすいとご好評をいただいたので、
さらに拡大図を使って、『川の光2』のビス丸とマクダフの足取りを追ってみた。



連載第303回、304回で説明されている道筋を地図上で示すと、こんな感じになるのではないかと思う。
人ごみを避けて、大門の駅の手前の道を右に折れたのがポイント。
ここさえ回避すれば、あとは人通りが少なく車両だけが行きかう湾岸の倉庫街になるのはロケハンで確認済みだ。
東京スカリツリーから南下するネズミたちの動向は、あらためて地図とともにご紹介する予定。

ところで、先日取材を受けたタミーの記事が、ついに昨日の7月9日、読売新聞の夕刊に掲載された。

P1030089.jpg

↑左下の「ゴロン」(タミーのほぼ唯一の芸)の写真にご注目を。
このポーズで紙面を飾った犬は、案外少ないのではないかと思う。
タミーの本名が実は「民子」だったという秘話も紹介されている。

「愛嬌と知性を兼ね備えた松浦家のAKB」などと書いてもらって、タミーは狂喜乱舞。
しかしよく読むと、記事には「ダイエットが少し必要」という指摘もあったのだった…。

P1030055.jpg
↑たしかにダイエット、必要かも…。

  1. 2012/07/10(火) 23:23:48|
  2. 日記
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レインボーブリッジを渡る

『川の光2』のタミー救出部隊が、じりじりと目的地に近づいている。
このへんで一度、地図を見ながら状況を整理してみたいと思う。

地図2

●東京タワーで落ち合ったマクダフとビス丸は、タミーが監禁されている江東区の倉庫に、
レインボーブリッジ経由で向かうルートを選択。連れだって橋に向かって南下している。

●地下鉄で東京スカイツリーまで行ってしまったチッチとタータ、後から合流したマルコの3匹は、
水路で江東区を目指そうと計画中。

この二組は、いつ、どこで出会うのだろうか。
どうやらレインボーブリッジが重要なポイントになってきそうな予感…。

ところで実は、去る4月、我々はロケハンのためにレインボーブリッジを踏破する計画を立て、
密かに実行に移していたのだった。今回は、その模様をご報告したいと思う。

P1020626.jpg
↑竹芝サイドから橋を見るとこういう感じ。

お台場方面や成田空港へ車で向かうときに、レインボーブリッジを通過した経験がある方は多いのではないか。
だがこの橋に遊歩道があって、片道30分ほどで徒歩で渡れることは、案外知られていない。
芝浦からお台場まで、約1.7km。入場料無料で、夏期は朝の9時から夜の9時まで開いている。
竹芝側の橋のたもとには7階建てのビルが建っていて、エレベーターで最上階まで上がると、
そこが遊歩道への入り口につながっている。

現在、この遊歩道を歩く人はほとんどいない。おそらく、すぐ脇が車道になっていて、
トラックや一般車両が轟音をたてながら猛スピードで通過する、かなりスリリングな道だからだと思う。

P1020627.jpg
↑橋を渡るのが大好きな夫は、すいすい弾むような足取りで歩いていく。

P1020644.jpg
↑私たちが選択したのは、晴海、江東区方面を望むノースルート。

P1020633.jpg
↑眼下は東京湾。絶景である。振り返ると、おもちゃみたいに小さい東京タワーが。

P1020642.jpg
↑橋の中ほどから芝浦方向を望む。

P1020636.jpg
↑しかし、ここをビス丸やマクダフが歩くのは、相当こわいのではないかと思われる…。

P1020640.jpg
↑所々に展望台を兼ねた休憩ポイントが設けられているので、お約束のチッチとタータを撮影。
通行人は我々だけなので、夫も人目をはばかることなく、喜んで協力してくれるのだった。

P1020643.jpg
↑下りに入ると、金網もなくなり、向こうに江東区の埋め立て地が見えてくる。

P1020647.jpg
↑歩き始めてから30分足らずでお台場に到着。

P1020651.jpg
↑遊歩道からお台場の人工ビーチに直接降りられるようになっている。

さて、明日以降、ビス丸とマクダフは、このレインボーブリッジを行くことになるのだが、
音や振動に敏感な犬たちには、かなり過酷な体験になるのではないだろうか。
そしてチッチとタータ、マルコはどうなるのか? 乞うご期待!






 
  1. 2012/07/09(月) 00:14:09|
  2. 川の光
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夏本番、到来の予感



なんだか蒸し暑い。そして寝苦しい。
タミー(またの名を「愛嬌だけで世渡りするダークサイド犬」)が、最も苦手とする季節の到来だ。

この季節は、玄関の三和土、渡り廊下などの石張りの場所にぺったりと寝て、
体温を少しでも下げて生き延びるしかない。

こんなときにタミーが夢見るのは、何年か前にお父さんと行った房総半島の海岸のこと。

P1000395.jpg

遠浅の海で、おもいっきり遊んで、ほんとうにたのしかったなあ…
ぼく、やっぱりお父さんがいちばんすきだよ!(←お父さん号泣)

いっぽう私は、暑さでぼうっとした頭で、ヒッグス粒子の謎を解明しようとしている。
夫は、この最終兵器的な素粒子発見のニュースで注目されているジュネーヴのCERNに、
大学の親善大使として見学に行ったことがあるのが自慢なのだが、
よく聞いてみると、素粒子の知識に関しては、私と五十歩百歩であることがわかった。

「で、結局、この粒子って何なの?」
「詳しいことは知らないけど、ともかくこれなしには質量がなかったわけだよ」
「ほかの粒子を水あめみたいにからめとる、って書いてあるけど、いったいどんな技を使うのかしら?」
「いや、よくはわからないけど、とにかくこの世界の創造に一役買った凄いやつなんだよ。
 ぼくはヒッグス粒子みたいな男になりたいなあ」

ヒッグス粒子みたいな男。そんな比喩は果たして可能なのか。
「パーティでアイドルにまとわりつくファンみたいな粒子」という説明もどこかで見かけた。
そんな男には、むしろならないほうがいいような気もする。
謎は深まるばかりだ…。

そしてふと気が付いたら、『川の光2』はいつのまにか連載300回目を突破していた。
昨年の9月1日から連載が始まったので、もう10か月が経過、残り4か月を切ったことになる。
時間がたつのはなんて早いのだろう。
そう感じるのは老化のなせるわざ、という説をどこかで読んで、なんとも哀しい心持になったものだが…。





  1. 2012/07/07(土) 01:06:03|
  2. 日記
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夫です。タミーのダークサイドについて一言。



こんばんは。夫です。小言幸兵衛、オットセイ、ダンゴムシなどと呼ばれている男です。
久しぶりにお邪魔しております。

家内のあばらの骨折については、多くの方々から心温まる励ましのお言葉をいただき、
家内ともども本当に嬉しく思っております。どうも有難うございました。
事故後、3週間が経過し、ずいぶん痛みが収まってきたようです。このまま平癒の過程をたどることでしょう。
皆様にご心配をかけ、恐縮至極に存じます。

ところで、今回、またしてもここにお邪魔する決心をしたのは、家内のこのブログを読んでくださっている皆さんの間に、
拙宅の駄犬についての誤解が蔓延しつつあるのではないか、と危惧しているからです。
ひょっとして、ただひたすら愛らしく、賢く、心優しい犬のように思いこんでいる方々が多いのではないでしょうか。
実は、タミーには、ダークな側面があるのです。といっても、AKB48の某アイドルのように「腹黒」というわけではありません。
タミーの人格(?)にブラックなところはないのですが、ただ、「犬としていかがなものか」という面がないわけではない。

こうした事柄はこれまで松浦家の門外不出の秘密だったのですが、今回、思いきっておおやけにする決心をいたしました。
というのも、どうも家内には、私を小言幸兵衛、オットセイ、ダンゴムシなどと貶めることで、それと対照的に、
拙宅の駄犬をひたすら天使のように愛らしく描き出そうとするたくらみがあるように見受けられるからです。
なるほどタミーは可愛い。しかし、彼女が次のような犬であるという事実もまた直視すべきでしょう。

タミーのダークサイドその1──「忠誠心がない」
「誰にでもしっぽを振る」という表現があります。人間にもそういう人がいますね。
愛嬌だけで世渡りをしているような人のことです。
言うのは辛いのですが、タミーは、まさにそれです。
これはまあゴールデン・レトリーバーという犬種自体の本性なのですが、とにかく人間のことが好きで好きでたまらない、と。
そして、これはつまり、人間なら誰でも良いということでもあります。
主人に対して忠誠を尽くすという、「犬本来の使命」に対して、何の自覚もありません。

昨年、家内と私が2週間ほど外国旅行をしていた間、家内の弟夫婦が拙宅に住んで留守番をしてくれました。
大変有難いことだったのですが、ただ、その間、タミーは私たちがいなくて淋しいといった様子を
いっさい示さなかったそうです。なにしろ切り替えの速いやつなんですね。
「前のお父さんとお母さんは、もういなくなっちゃったんだね。今度は、あなたたちが新しいお父さんとお母さんなんだね。
ぼく、あなたたちのことが大好きさ!」ってなものだったらしい。
毎日、弟夫婦に散歩に連れていってもらって大はしゃぎし、夜は一緒のベッドで幸せそうに寝ていたらしい。
私たちが成田からへとへとになって帰り着き、玄関の扉を開けたとき、私たちは当然、
大喜びのタミーが家の奥から走って飛びついてくるものと思いこんでいました。
だって、そうでしょう? 犬は物音にもにおいにも敏感です。それに、タミーは私たちが今帰るか今帰るかと、
さぞや首を長くして待ち焦がれているだろうから…と。

ところが、誰も出てこず、ただ居間の方からテレビの音だけが聞こえてきます。
やっと義弟が私たちに気づいて居間から顔を出し、やあ、お帰り、などと言いましたが、
タミーはその後ろから、当惑げな表情でゆっくり現われ、お義理のようにしっぽを振りながら、のそのそと近寄ってきました。
彼女は新しいお父さんと並んでソファに寝そべり、心愉しくテレビを見ていて、何も気づかなかったのでした。
「なんだ、もとのお父さんとお母さんじゃないか。帰ってきたのかい? てっきり、もう交替したのかと思ってたよ」

そういう犬なんですよ、タミーは!
こういうのって、「犬として」どうなんでしょうか。
この「義弟とテレビを見ていた事件」は大きな禍根を残し、タミーと私たちとの関係にいまだに暗い影を落としています。
ちょっと興奮してきてしまったので、「タミーのダークサイドその2」は、いずれ日を改めてまた。


  1. 2012/07/04(水) 00:25:42|
  2. タミー
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猫映画の名作再見『猫が行方不明』

猫映画の名作再見シリーズの続きで、『猫が行方不明』について書いてみたいと思う。

無題

公開は1995年で、封切り時に見たはずなので、実に17年ぶりに見直したのだが、
記憶のなかのイメージと少し異なる感触の映画で驚いた。

セドリック・クラピッシュが監督し、脚本も書いたこの作品は、全編、パリの11区でロケされている。
主人公のクロエは、愛猫のグリグリをマダム・ルネというおばあさんに預けてバカンスに出かけるが、
帰ってきたら猫は行方不明になっていた。そこから、近所の人々を巻き込んだ、猫の大捜索が始まる。

「猫がスパイスになった、ちょっとおしゃれなパリの人情劇」というような、ぼんやりした記憶しか残っていなかったが、
今回見て思ったのは、これは『子猫をお願い』にも通じる、孤独な女性の物語だということ。
そして「変わりゆく街を記録しておきたい」という思いにあふれた映画であることだ。

11区はご存知のようにパリ東部、バスティーユからレピュブリックにかけてのエリアで、
この数十年で、パリのなかで最も変化した場所のひとつではないだろうか。
もともとは職人が多く住んでいた庶民的な地区で、80年代末にバスティーユ・オペラが建設された前後は
ブティックやバーが増えて「ファッショナブルなエリア」に変貌した。
この作品が撮影されたころはさらに、大統領に就任したばかりのシラクによる再開発が行われ、
あちこちにクレーンがそびえ立ち、かろうじて残っていた路地や古いアパートをガンガン取り壊していた。
いまの東京でいえば、駅前の再開発が進む下北沢みたいな感じである。

そんななか、主人公は猫の捜索をきっかけに、それまで知らなかった地元の人々のネットワークに入り込んでいく。
親密な情報網で結ばれた猫好きおばさんたち。ちょっとトロいけど人が好くて、いつもからかわれている移民の青年。
昼間からふらふらしているアーティストやミュージシャン。なかには地上げ屋から立ち退きを迫られている人もいる。
そういう雑多な人たちが集う、おしゃれにはほど遠い、昔ながらのご近所カフェ。

「猫行方不明」のポスターを張ったり、聞き込み捜査をしたりしながら歩き回るうちに
主人公はふと、自分が誰とも深いつながりを持たない、根無し草であることに気づく。
原題は『Chacun cherche son chat』(人は誰も自分の猫を探している)。
再開発が進む街の風景と、地元コミュニティの存在を知ることでかえって浮彫になる主人公の寂しさがシンクロして
なんとも心にしみる、いい味を醸し出している。

猫のグリグリは、とても可愛い黒猫なのだが、なにしろ「行方不明」なので、登場シーンはそれほど多くない。
果たしてグリグリが無事発見されるかどうかは、見てのお楽しみということで。

P1020825.jpg
↑最近ますます貫禄が増し、行方不明にはなりそうもない我が家の白黒猫。

  1. 2012/07/02(月) 18:52:42|
  2. 動物の映画
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