川の光日記

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映画における犬の目撃情報 GW編

タミーの病状も安定し、映画を見に行く心のゆとりができた今日この頃。
GW中に見た映画における犬の目撃情報をメモしておこうと思う。

★『リンカーン』の犬の杖
これぞまさに憲法記念日に鑑賞するのにぴったりの映画。
スピルバーグは戦場の残虐描写が得意だが、本作では、戦場は最初と最後に数分間登場するだけ。
今回の戦争は、議会を舞台にした言葉による戦争。
奴隷制度廃止の条例を通すために、あらゆる手を使って3分の2の票を獲得する闘いである。
日本国憲法96条を修正しようともくろむ人々にぜひ見てもらいたい、と思ったのは私だけではないはずだ。



でも、馬は出てきたけど、それ以外の動物なんて登場したっけ?
そう思った方は正しいのだが、私が注目したのは、
共和党急進派の首領を演じたトミー・リー・ジョーンズが常に携えていた「犬の杖」。
この人は奴隷制即時撤廃派で、議会でついつい過激な発言をしてしまいがちな、
いい意味での暴走老人(我が国の反動的な暴走老人とは一線を画す)。
作品全体を通していちばんの“愛されキャラ”で、無骨なルックスに隠れた
「かわいさ」を表現するツールとして、このキュートな杖がとてもうまく使われていた。

夫の感想:
「映画はいいんだけど、サリー・フィールドがね~」
夫はなぜかサリー・フィールドとキルスティン・ダンストが嫌いなのである。
「牛っぽい」というのがその理由。

★『セデック・バレ』の黒犬
2部作を合わせると5時間近い大作。しかし先日台湾に旅行し、この国に魅せられた私たちは、
台湾の先住民族と日本人の抗争を描いたこの作品にも夢中になってしまった。
1930年の台湾の山地に狩猟をして暮らす本物の首狩り族がいたのも驚きだが、
それを先住民族の末裔が演じていて、全員が素人だというのに、
ハリウッド俳優や韓国のイケメン俳優に負けないくらいカッコいいのである。

この映画でいい味を出していたのが、主人公が飼っていた黒犬。
蜂起の後、日本軍から身を隠すために山中に分け入った主人公の前にどこからともなく現れ、
日本の軍人が被っていた帽子を「かぽっ」と落として去っていく。
画像が発見できず、この黒犬君をお見せできないのが残念。

ちなみに、夫は私が愛してやまない男優ライアン・ゴズリングについても
「牛っぽい」という評価を下している。断じて許せない。

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無題2

こうしてみると、ちょっとだけ似てなくもない…かな。
ライアン・牛頭リング…

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  1. 2013/05/11(土) 19:00:03|
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『テッド』を見て「クマのぬいぐるみ力」について考える

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異例のヒットを記録しているらしい映画『テッド』を見た。

この作品、我が家から徒歩5分の映画館で上映しており、いつも閑古鳥が鳴いている劇場なので
「まっ、大丈夫だろう」と甘く見て上映開始ギリギリに行ったら、
いままで見たこともないほど大量のお客がつめかけていて、あやうく立ち見になるところだった。
恐るべし、クマのぬいぐるみ力。というか、私もそこに惹かれて見に行ったわけだが…。

どんな物語かというと、要するに「ドラえもん」にR15のツイストを加えたアメリカ版と思えば間違いない。
“アメリカののび太”みたいな孤独でオタクな少年が、8歳のクリスマスにもらったクマにテッドと名前をつけ、
「神さま、どうかテッドに生命を与えて僕の友達にしてください!」と祈ると、それが実現してしまう。
このあたり、ほとんど説明がないのが潔い。
「やあ、ぼく、テッド!」とニコニコしながらキッチンに入ってきたぬいぐるみを見て、両親は一瞬パニックに陥り、
「早く銃を持ってこい!」などと叫ぶが、少年の説明を聞くとすぐに納得して家族として迎え入れる。

ドラえもんと違うのは、このクマは何か素敵な発明をしてくれるわけではなく、
時とともに不良オヤジと化し、大麻を吸引したり、デリヘル嬢を呼んだりするようになること。
テッドはこうした数々の悪行によって、35歳になった飼い主(というか“友達”)のガールフレンドの機嫌をそこね、
家を出て自立することを迫られ、近所のスーパーで働きはじめるのだが…(写真上)

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↑当然のように車の運転もするテッド。おそらく無免許。無茶な運転で他の車を破壊しまくる。
ちなみにこのクマのチャームポイントは、眉毛と、年を経たぬいぐるみならではのくたびれた素材感だと思う。

下品なジョークがあまり好きではない方にはまったくおすすめしないけれど、ブラックな笑いと80年代の映画ネタ満載で
(「トム・スケリット」とか『フラッシュ・ゴードン』とか言われても、すぐにピンとくる若者はあまりいないような気もするが)たいへん愉快な作品であった。

家路をたどりながら、あらためて「クマのぬいぐるみ力」について考えた。
この映画のヒットを見てもわかるとおり、クマのぬいぐるみは、侮れない観客動員力を秘めている。
ディズニーランドの入場者数を飛躍的に伸ばしたといわれる「ダッフィー」しかり、
ツイッターで4万人に迫るフォロワーを誇る「ファーファ」しかり。

ここはひとつ、日本映画も、クマのぬいぐるみ力をおおいに利用すべきなのではあるまいか。
ファーファが人生に絶望して鬱病になり、周囲の人を暗い気持ちにさせる『たそがれファーファ』。
あるいは、くまモンがふとした拍子にシリアルキラーに転じ、日本各地を逃亡して回る『悪熊』。

愉快なクマの映画を見て楽しい時間を過ごした帰り道、気が付くとダークな想念にふけっている私…。


  1. 2013/01/24(木) 22:27:39|
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『フランケンウィニー』で心に傷を負う

春に刊行予定の『明治の表象空間』を仕上げるために根をつめている夫。
ウクレレの教則本を前に四苦八苦している私。
煮詰まる理由にずいぶん差があるが、とにかく二人そろって煮詰まってしまったので、
気分転換のため、街に出て映画でも見ようということになった。
軽い気持ちで選んだのが『フランケンウィニー』。
どんな内容かはなんとなく知っていたのだが、まあティム・バートンだし、
ストップモーション・アニメだし、楽しいんじゃないじゃないの?くらいのノリであった。

ところが、上映開始90数分後。
エンドクレジットを前に、泣きぬれた瞳で陰鬱な視線を交わし合った私たちは
予想もしなかったトラウマを心に負って、劇場を後にすることになった。

「こんな映画、見るんじゃなかったね」
「ぼくは最初から、悪い予感がしてたよ」
「なんだか、心に深い傷を負っちゃったね」
「だから『最強のふたり』にしようって言ったのに」
「スパーキーは、あれで本当に幸せなの?」
「まあガールフレンドもできたみたいだから、一応幸せなんじゃないの?」
「ああいうの、本当の幸せっていうのかなあ…」
「自分のお墓の前で丸くなってたね…」
「ああ早く帰って生きた犬をモフモフして、この傷を癒さなければ…」


『フランケンウィニー』より、生前のスパーキー。

franken2.jpg
フランケン化したスパーキー。

お話はシンプルで、要するに『フランケンシュタイン』の本歌取りである。
孤独でオタクな少年が、事故で死んでしまった愛犬スパーキーを雷の力を利用して復活させる。
ところがそれを知った級友たちが真似をして、大小のモンスターを創造してしまい、
アメリカ郊外のスモールタウンは大騒ぎに…

こう紹介すると、なんだか愉快な作品のようだし、実際、映画としては、
文句のつけようがないくらい隅々までよくできているのだ。
しかし、私たちがつい失念していたのは、これは「犬が死んで無気味な姿で甦る」物語だということ。
そしてさらに始末がわるいのは、ゾンビのような姿になっても、
スパーキーの性格は以前と変わらず、素直で忠実な犬のままだという点である。
スパーキーが無邪気に駆け出して車に轢かれてしまう場面、
ツギハギだらけになって甦ってシッポを振り、少年の顔を舐める場面、
家から逃げ出して行き場がなくなり、自分が一時埋まっていた墓の前で丸くなって寝てしまう場面…
これらが、犬飼いとしてはいちいち胸にこたえる。

原作の小説や映画化作品の“フランケンシュタイン”は、
フランケンシュタイン博士が実験のために墓場から盗掘した見知らぬ他人の死体を繋ぎ合わせた怪物だった。
『フランケンウィニー』の少年が甦らせるのは、最愛のペットである。そこが決定的に違う。
いちばん可愛いものが、いちばん無気味な存在になってしまうこと。その胸がしめつけられるような感じ。
それこそがティム・バートンの真骨頂なわけだし、
実際、これだけ見るものを動揺させるパワーを備えた作品ではあるのだが…。

急ぎ足で帰宅し、きょとんとしているタミーとハナちゃんを撫で撫でしまくって、
ようやく心の落ち着きを取り戻した私たちであった。

P1050138b.jpg






  1. 2013/01/12(土) 22:14:52|
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DVDで見る犬映画①『ウェンディ&ルーシー』

尖閣諸島に今度は日本人が上陸、中国各地で反日暴動が起きている残暑の夏。
そんな不穏な国際情勢をよそに、『川の光2』の動物たちは江東区の片隅をちょろちょろして
ささやかな計略をめぐらしたり、遠吠えしたい気持ちをぐっとこらえたりしている。
そのスケールが極度に小さな感じが、かえっていとおしい。

私は夏バテですっかり体力を消耗して、都心の劇場にすらたどり着くのが困難なので、
もっぱらレンタルDVDで映画を見ているのだが、そんななか、心に残る犬映画の佳作に出会った。
タイトルは『ウェンディ&ルーシー』。2008年製作の劇場未公開作品で、最近DVD化されたばかり。



ウェンディは廃車寸前のホンダ・アコードに乗って、犬のルーシーと一緒に旅をしている。
所持金は残り500ドルほど。夜は犬と一緒に毛布にくるまって車の中で寝る。
どうやらアラスカまで行って、缶詰工場で働こうと思っているらしい。
ところがオレゴン州の小さな町で車が故障し、ドッグフードも底をついてしまう。
スーパーで小さなパンと犬用の缶詰をポケットにしのばせ、店を出ようとしたウェンディは店員に制止される。
「ドッグフードも買えないような人が犬を飼うべきじゃない」などと説教された挙句、
警察署に半日拘留されて戻ってくると、つないでいたはずの犬の姿がどこにも見えない…。

WLimages1.jpg
↑ルーシーを演じたのは監督が飼っている犬だそうで、実にイイ顔をした雑種。
ベースはレトリバー系のようだが、半立ちの耳なのでテリア系も入っているかもしれない。
(ちなみに、完全な垂れ耳犬の飼い主として、私は以前から、
この「半立ち耳」というやつに、強いあこがれを抱いている…)

孤立無援のウェンディは必死になって犬を探しまわる。
とぼとぼ歩いていった5キロ先の動物収容所にもルーシーはいない。
車は整備工場に預けてしまったので公園で野宿していると、半分頭がおかしい男がやってきて
意味不明の独り言を言って去っていく。
パニックに陥ったウェンディは、唯一の避難場所であるガソリンスタンドのトイレに駆け込んで気を鎮める。

典型的な低予算インディーズ作品で、上映時間もわずか80分。
「なにこの退屈な映画…」と思う人もきっといるだろう。
でも、あまり予算が潤沢でない一人旅をしたことのある人なら、
この停滞したロードムービーの身を切るような旅情に共感できるのではないだろうか。
ガス・ヴァン・サントの映画が好きなら、絶対に好きなはず(ガス・ヴァン・サント組の俳優も何人か脇役で登場)。
主演のミシェル・ウィリアムズの痛々しいたたずまいが、アメリカ北西部の空気感に溶け込んでいる。

そして結局、ウェンディとルーシーはどうなったのか…は言わずにおくが
犬は不幸にはならないし、かすかな希望を残したエンディングであることだけはお伝えしておきたいと思う。





  1. 2012/08/20(月) 11:23:53|
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『おおかみこどもの雨と雪』について、狼の視点で考える



常軌を逸した暑さのため、しばらく失神していたので、ブログの更新を怠ってしまった。
いまこうしていても、明らかに体温より外気温のほうが高い。
砂漠がルーツで、犬や人間よりは暑さに強いハナちゃんですら、こんな状態↑だ。
昨日の夕方のスコールといい、日本は間違いなく熱帯化している。
ハクビシンどころではない、奇天烈な熱帯の生物が庭に出現する日もそう遠くない。

しかし、タミーや夫のようにクーラーで冷やした部屋に息をひそめて引きこもっているわけにはいかない。
先日見た『おおかみこどもの雨と雪』について、煮え煮えの頭でがんばって考察してみようと思う。

imagesCAI5MW00.jpg

現在、大ヒット中の本作の評判をネットで検索してみると、
アニメとしてのクオリティの高さについては大方の感想が一致するものの、
ストーリーや脚本に関しては、絶賛派から懐疑派まで、かなりトーンの異なる意見が散見される。

「おおかみおとこ」に出会って恋におち、「雨」と「雪」という二人の子どもをもうけた主人公のハナが、
パートナーを亡くし、田舎に引っ越して子育てを始める…というのが大まかなあらすじ。
懐疑派は主に、「子育ては一人でできるものじゃない」「なぜ主人公はあんなに孤立無援なの?」と、
シングルマザーの描き方に不満を感じているようだ。

実を言えば私も、最初はヒロインの過酷な労働と孤立に、同じ女性として若干の違和感を感じた。
なにしろこのお母さんは、ヒトでもありオオカミでもある2人の子どもを育てながら(つまり手間は通常の二倍)、
廃屋同然だった田舎の一軒家をたったひとりで修繕し、畑を耕してジャガイモその他を収穫し、
家事全般をこなし、そのうえパートで働くのである。断言するが、私だったら3日もたないと思う。

しかし、よく考えると、この孤立無援ぶりにはそれなりの理由がある。
このお母さんはただの人間の子どもを育てているのではない。
二人の子どもは、半分は野生のオオカミだから、興奮すると四足の獣に変身し、本能にかられて狩りもする。
オオカミと暮らしている人間を支援するのは、実際問題、なかなか難しいと思う。

マーク・ローランズの『哲学者とオオカミ』(白水社)を読むと、オオカミと暮らすのがどんな感じかよくわかる。
『哲学の冒険』などのベストセラーもあるこの哲学者は相当な変人で、20代の終わりに、オオカミと同居を始める。
肩の高さ90センチ、体重68キロに成長したオオカミは、留守番をさせると家を文字通り破壊してしまうので、
大学にも連れて行き、教室の隅に座らせておく。退屈してくるとオオカミは遠吠えを始める。



この人は筋金入りの人間嫌いで、自分もその一員である「サル」の邪悪さ、計算高さに嫌悪を感じ、
オオカミの「今、ここ」だけを生きるシンプルなあり方に魅せられて、次第に人間社会と没交渉になっていく。
オオカミが11歳で死んだときは、しばらくショックで立ち直れなかったらしいが、
その後、ひとりの女性に出会って父親になり、社会復帰を果たした経緯があとがきに書かれている。

つまり、一回「人間を捨てた」状態にならなければ、オオカミと暮らすことはできないのだ。
『おおかみこども~』のヒロインは、ある意味、孤独な生活を選ぶしかなかったのかもしれない。
「雨」は11歳、「雪」は13歳で自立していくのだが、これも動物の寿命を象徴しているようで興味深い。

ちなみに、『おおかみこども~』で私が最も感動したのは、一面の雪原を親子3人が駆け回る場面。
私が思うに、この世の最高の幸福のひとつは、何もかも忘れて犬と一緒に雪のなかで遊ぶことである。
その無垢な多幸感が見事に表現された名シーンに、思わず涙がこぼれた。



  1. 2012/07/27(金) 16:25:05|
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