川の光日記

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ハナちゃん一周忌

IMG_0616h.jpg

ハナちゃんが死んでしまって、ちょうど一年になる。
少しずつ少しずつ悲しみが和らいで、「世界ネコ歩き」を見てはため息をついて
「猫のいない人生なんて」「また猫を飼いたいね」と話し合えるまでに回復してはいたものの、
ペットショップへ出向いてブランド猫を買ってくる、といった行動には出られずにいた…
そんな一周忌の直前に、消えてしまう寸前だった子猫たちの命が救われ、
私たちに託されたのは、まさに天の配剤という感じがする。

tammyhana.jpg

物静かで頭のいい、まったく手のかからない猫だった。
仔犬時代のタミーがやってきたときも、最初はかなりイヤそうだったけれど、
「まあ、悪気はない動物なのね…」と認識して、やがて慣れてくれた。
いつも朝日新聞の朝刊や書庫の本に乗っては浸透圧の原理で中身を吸収していたので、
猫には珍しいほどのリベラルなインテリだった。

いまごろは動物天国で、阿部政権のあからさまな右傾化や、
ヘイトスピーチの台頭や、大田区の猫キラーに腹をたてているに違いない。
STAP細胞騒動についても、シニカルなひと言を呟いていそうな気がする。

またどこかで会えたらいいね、ハナちゃん。



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  1. 2014/10/05(日) 20:25:03|
  2. ハナちゃん
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満月の東京でハナちゃんを思う



吉祥寺に戻ってくると、いろんなところにハナちゃんの痕跡がある。

顔をすりつけて匂いづけをしていた柱。

漆喰の壁に残る、小さな黒い足跡。
窓枠に飛び乗るために、いつもその場所で助走していたのだ。

マイクロファイバーのキューブでこすらないとなかなかハナちゃん関係の汚れが落ちず、
昔は「あ~掃除が面倒くさいなあ」と思っていたっけ。

家のなかでいちばん風通しがいい場所で
強い日差しを避けて昼寝していた姿。
お尻にしゅっと一本入った白い線がかわいかった。

ああハナちゃん。ハナちゃんはもういないんだなあ。
なんだかまた泣けてきて止まらない。

昨日の明け方、ハナちゃんが登場する短い夢をみた。
ハナちゃんはどこかの草地をたぁーっと駆けていって
小川のなかに入って、こっちを振り返った。
あれ、ハナちゃんは水がきらいなはずなのになあ、と思ったら目が覚めた。

いなくなってしまった日は新月だった。
月が満ちる夜は、なにかが狂ってしまうのだろうか。
今夜も大きな満月が、東京の空で輝いている。

  1. 2013/11/18(月) 20:59:11|
  2. ハナちゃん
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夫です。ハナちゃんのこと(続き)。



タミーはただのタミー。タミーちゃんとは呼ばれない。
ハナちゃんは必ずハナちゃん。ハナと呼び捨てることはしない。

一昨年、家内がこのブログを始めたとき、その第1回目の冒頭に書いたことです。
ハナちゃんにいなくなられてみると、つくづく、タミーとハナちゃんは絶妙のコンビだったと思います。
タミーは、ハナちゃんにない陽気さ、生の肯定感、率直さ、社交性を溢れるばかりに持っている。
しかし、ハナちゃんはハナちゃんで、タミーにないすべてのものを持っていました。

わたしは前に、四人家族と書きました。
二人と二匹、などというしゃらくさい書きかたをする必要などまったくなかった。
わたしたちは四人家族以外の何ものでもなかった。
そして、その一人がいなくなるということは、全体のうちの四分の一を失うというだけのことではなかった。
わたしと家内の関係の中にも、ハナちゃんの存在は染みとおっていました。
家内とタミーの関係、わたしとタミーの関係も同じ。四人家族は相互に複雑に結びつき合い、
ぜんたいが緊密に連関したシステムのようになっていました。
ハナちゃんの消失は、たんに四分の一の部分が欠けてしまったということではなかった。
そのシステム全体が、一度ぜんぶ壊れたということです。

わたしの家庭は壊れてしまいました。
一瞬で、ぜんぶ、破壊されてしまいました。

もう一度、残った三人で、新しいシステムを構築し直さなければなりません。
それは可能だし、生きるためにはそうするほかはない。
しかしそれは、何と淋しい努力でしょう。

ハナちゃんがうちに来たのは2003年の11月中旬。
インターネットの里親サイトを通じて貰ってきた子です。路上で保護されたので正確な誕生日はわからず、
たぶん数日のずれはあると思いますが、わたしたちはとりあえず10月5日生まれと決めました。
(だから家内が以前に「あと一ヶ月で10歳」と書いたのは勘違い。ちょうど10年の生涯でした。)

あの日、ハナちゃんの誕生日だったその10月5日、家内が何かに導かれるように真っ直ぐ歩いてゆくのに、
わたしはタミーと一緒についていった。そして、渓谷に下る沢の斜面に、
黒と白のものを遠くから発見したときの衝撃は生涯忘れません。
何とか、ハナちゃんでないように──と念じながら近づいていって、
その希望がついえたときの絶望感も、忘れません。
わたしはハナちゃんを両手で胸の前に、捧げ持つようにして抱え、
右に左によろめきながら、なんとか足を交互に出して、家へ戻っていきました。
あの絶望的な数十秒も、生涯忘れません。
ずっと天を仰いで、何かを叫びつづけていたように思います。
このハナちゃんの体の、わたしがあまりにもよく知っている、この重さ、ないし軽さ。
しかし、それはもはや動かない、息をしていない、冷たい、濡れた体の重さでした。

肺から息が出尽くして声が出なくなると、また大きく息を吸って、また声をかぎりに叫びました。
家内も何か叫びつづけていたと思います。
号泣というのは、こういうことをいうのか。
「『あまちゃん』を見て号泣」などとふざけて言ったりするけれど……。
空を仰いでいたし、いずれにせよどうどうと流れつづける涙でまったく前が見えなかったのに、
そして、傾斜があったりでこぼこもあったりする草地なのに、
よくもまあつまづいて倒れたりもせず、木にぶつかりもせず、家まで帰ってこられたものです。
ふと頭を下げて前を見ると、いつの間にか、家のテラスのすぐ前まで来ているのが、ゆがんだ視界に映りました。
そのテラスのうえに、泥まみれのハナちゃんの遺骸をそっと置きました。
あとのことは家内の書いた通りです。

昨日は所用で、東京を日帰りで往復しました。人と笑顔で会話するのが辛いけれど、
軽井沢に残った家内の方がきっともっと辛いだろうと想像すると、こちらの辛さも増します。
だって、これまではタミーとハナちゃんと一緒に留守番をしていたのに、
今は彼女と一緒にいるのがタミーだけなのですから。

『川の光2──タミーを救え!』の入稿用原稿は中央公論社の打田さんに渡しました。
打田さんは『川の光』も『川の光 外伝』も、すみずみまで懇切なご配慮で作ってくれた人。
「私も松浦家のハナちゃんを忘れません」というメールをくださった打田さんは、
単行本化にすぐ取り掛かってくださる由。
『川の光2──タミーを救え!』の扉ページの裏には、
「とても賢くて、とても優しかった黒白猫、ハナちゃん(二〇〇三-二〇一三)の思い出に、本書を捧げる」
という献辞が載ることになります。

  1. 2013/10/12(土) 10:14:35|
  2. ハナちゃん
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夫です。ハナちゃんのこと。



今日は植樹の日。
植木屋さんがシラカバ3本、モミジ1本、夏ツバキ1本を植えていってくれました。
ハナちゃんにも見せてやりたかった。

2013年は、わたしたちにとって、恐ろしい年に、とんでもない厄年になってしまいました。
こういうことがあるのですね。
信じられないけれど、あるのです。

今年2月の台湾への旅は、何の悩みもない、何と幸せな日々だったことでしょう。
あれははるかに遠い体験になってしまいました。

ハナちゃんはどこにでもいるような、平凡な黒白柄の痩せた小さな猫でしたが、
ほんとうに賢い、すばらしい猫でした。
ここ数年は、私たちの考えも感情も、すべて理解していたと思います。
ただそれが言語によってではない、というだけで。

家内とわたしが一緒にいると、ばたばた派手な足音を立ててすぐタミーがやって来る。
しばらくすると、どこからともなくハナちゃんが現われ、ひっそり近寄ってきて、
しかしすぐには輪の中には入らず、無関心そうに通りすぎてみたり、少し離れたところからじっと見たりしている。
結局、家のなかではいつも、いつの間にかひとりでに、四人が一箇所に集まってしまったものでした。

冬はみんなで一緒に寝ていました。シングルベッド二つをぴったりくっ付けた空間に、
傍若無人に寝返りをうつ、かさばって邪魔くさい大きなタミーも一緒に、四人で体を温め合って。

おとなしくて気の弱い、内気な猫でした。
本当は人間が好きで、甘ったれるのが好きな子でした。
でも、それをあらわにするのは猫のプライドが許さない、と思っているようなところがありました。

まる10年間、ハナちゃんはいつもいつも一緒にいて、わたしたちを慰めつづけてくれました。
手を伸ばすと、いつもそこにハナちゃんがいました。
ハナちゃんはわたしたちの人生の喜びの、尽きることのない源泉でした。
病気をしたためしもなく、あんなに元気だったのに、
ハナちゃんの人生はたった10年で断ち切れてしまいました。

軽井沢に連れてきて、最初はすねていましたが、すぐ慣れて、ほんとうに幸せそうにしていました。
草の香り、風の感触を楽しんでいました。ごろんごろん仰向けに転がって、幸福感を表現していました。
それがせめてもの救いです。しかしそれもたったの2か月で終わってしまいました。
吉祥寺で平穏に暮らしていたのに、そもそもこんなところに連れてきてしまったこと自体、間違いでした。

わたしたちは一心同体の四人家族でした。
家内とも、昔は激しい諍いをしたり夫婦の危機があったりしましたが、陽性のタミー、
ひっそりと目立たないけれどいつもそこにいるハナちゃんのふたりを中心として、堅固なまとまりができました。
ハナちゃんがいなくなった今、ハナちゃんの存在感がどれほど大きなものだったかを改めて痛感しています。
わたしは、自分の半分が死んでしまったような気がしています。四分の一ではなくて、むしろ半分。
口の中に押しこんでも、食べ物はほとんど味がしませんし……。

四人で暮らすことを前提に計画し、あれこれ考え抜いて建てた家でした。
吉祥寺の家に付けたのとまったく同一の「猫用出入り口」を壁に取り付けてやりました。
吉祥寺のと同じ、床から9センチの高さのところ。ハナちゃんはすぐ慣れてくれました。
しかし、今ではぜんぶ無駄になってしまいました。

ハナちゃんなしで、これからいったいどうやって生きていったらいいのか。
ハナちゃんがかたわらにいないパソコンの前で、いったい何が書けるというのか。

ひとりで死んでいくのは、どんなにか怖かったことでしょう。苦しかったことでしょう。
わたしたちはハナちゃんを護ってやれなかった。
あんなに大きくて豊かなものをハナちゃんから受け取りつづけてきたというのに、
わたしたちは、いちばん肝心なときに、いちばん肝心なものを与えてやれなかった。
ごめんね、ハナちゃん。
可哀そうに、ハナちゃん。

こういうことを読んで、たかが猫一匹、何と大げさな──と思う人が世間にはさぞかし多いでしょうね。
しかし、このブログを読んでくださっている方々は、ぜんぶ理解してくださると思います。
それが大きな救いです。

わたしはこれから、仕事をしようと思います。今月は群像に短篇、来月は文學界に短篇、
その後は、新潮で何か大きなものをやります。そう約束しましたから、約束を果たそうと思います。
どれも内容は、今は何一つ、まったく頭にありません。こんな状態ですからと編集者に言い訳をして、
原稿を延期してもらうのは簡単ですが、わたしは何が何でも書くつもりです。
どんな馬鹿馬鹿しい小説になろうと、すかすかの駄文になろうと、書くつもりです。
生きなければ。

走りつづけてきたことに疲れた──とか、甘ったれたことを言って、ここ1年ほどはのらくらしていたものでした。
しかし、今や、立ち上がって、前に進まなければ。

『明治の表象空間』はもう校正刷りになっており、新年には刊行されます。
『川の光2──タミーを救え!』の単行本用原稿はほとんど完成しました。これも厚い本になるでしょう。
さて、その先には何があるのか。わからないけれど、とにかく何が何でも先へ進まなければ。
自分にそう言い聞かせています。

  1. 2013/10/08(火) 10:48:49|
  2. ハナちゃん
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さようなら、ハナちゃん

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動かなくなったハナちゃんを見ているのに耐えられなくなってきたので、
業者さんを探して電話して、立ち会いの火葬をお願いした。

お別れを言ってから1時間10分後、
ハナちゃんは、真っ白な骨になってしまった。
数日前まで、タミーと一緒に庭を飛び回っていたのに。

昨日の朝から、心臓がバクバクするような胸騒ぎがしていた。
家から見て南西の方角が、理由はわからないがものすごく気になった。
ハナちゃんは絶対に、その方角のどこかにいるような気がした。

だから夫とタミーと一緒に、まっすぐ南西に向かって沢を下っていった。
その斜面に、白黒の小さな身体が横たわっているのが見えたときの気持ちは、
一生、忘れることができないだろうと思う。

頭は家の方角を向いて、背中をまっすぐにして眠るようにストンと倒れていた。

なぜ守ってやれなかったのか。
プライドが高くて気まぐれだけど、実は傷つきやすい、弱い生き物だったのに。

普通は猫の火葬は40分くらいで終わるのだけれど、
ハナちゃんは真っ白い骨になるまでかなり時間がかかった、
とこれまで数限りない猫の火葬に立ち会ってきた業者さんは言った。

骨の周りに、少しだけ黒い部分が残っている。
ガンにかかった猫や、血液の病気で死んだ猫によく見られる現象だという。
元気そうだったけれど、実は体内では病気が密かに進行していたのだろうか。
そういえば最近、ろくに健診にも連れて行っていなかった。

ごめんね、ごめんね、ハナちゃん。
ひとりぼっちで怖い思いをさせてしまって。
いまさら謝っても遅いけど、ごめんね。

自分もハナちゃんのように、ひとりで死んでいくことになるのだろうな、と唐突に思った。
そうでなければ、ハナちゃんとのバランスが取れない気がする。

深い悲しみに囚われたときの、あの時間の歪みがまた襲ってきた。
そういえば、昨日の夜からほとんど何も食べていない。
夫と一緒にビールを少し飲んだだけ。

ブログの更新なんてとてもできないと昨日は思ったけれど、
目の前に索漠とした「時間」のゴムのような塊が広がっていて、
何かしていないと頭がおかしくなりそうなので、こうして書き続けている。

タミーはきょとん、とした顔をしている。
これまで人の死も動物の死も見たことがないから、
ハナちゃんが突然死んだことを理解できないのだ。
いつものように散歩に行こうとはしゃぎ、ボールを投げてくれとせがむ。
でもその無邪気な様子は、むしろ救いのように感じられる。
タミーは「死」なんて、なんとも思っていないのだ。







  1. 2013/10/06(日) 18:38:05|
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